大学1年の夏休み、種子島へ帰省する私に、部活の先輩が
「種子島へ遊びに行きたい」
と言った。
一足先に帰省した私の家に、2年生の先輩3人がやってきた。
犬城(いんじょう)海岸へ、キャンプに行くことにした。
犬城は種子島の東海岸にあり、馬立の岩屋という洞窟がある風光明媚な海岸である。
私の家からは遠いので、建設業の伯父さんからトラックを借りて行った。
海で泳ぎ、夜は洞窟で寝た。敷物などなく、岩の上にじかに寝た。
先輩は、鹿児島から食料を持ってきたが、種子島はろくな店もない小さな島と思ったらしく、厚揚げなどの生ものもあった。
そんなものが夏の暑い日にもつわけもなく、多くは捨ててしまった。
次に、馬毛島へキャンプに行った。
馬毛島は、種子島の西にある小島で、今、米軍訓練基地候補地として話題になっている島である。
当時は住民が住んでおり、小中学校もあった。
港に着くと、トビウオ漁の漁師の藁葺き小屋が並んでおり、周囲にはソテツ林があった。
まるで、南洋の小島のような風景だった。
丘の頂上へ行くとコンクリートのトーチカがあり、そこから360度のパノラマを眺めた。
島を歩いていると、高校の寮で一緒だった1年先輩に会った。
先輩の父親が、馬毛島の学校の先生をしており、夏休みで帰省していたのだ。
先輩に頼んで、小学校に泊まれるよう交渉してもらった。
漁師小屋にでも潜り込もうかと考えていた私たちは、小学校に泊まることができた。
次に、屋久島へ登山に行った。
営林署に勤めるいとこが山に住んでおり、そこに1泊して、宮之浦岳に登り、縄文杉やウィルソン株を見た。
食料だけは持参したが、登山靴などはもちろんなく、まるでハイキングに行くような軽装だった。
今、縄文杉の根元には行けないが、当時はそんなことはなく、根元に行って杉を触った。
安房の町に下りてきて、叔母の家に泊めてもらった。
いとこの家も叔母の家も小さな家で、着の身着のままの雑魚寝であった。
むさくるしい男4人が押し掛けて、さぞ迷惑だったのではないかと思う。
今思うと、かなり行き当たりばったりで、人の好意に甘える旅だったが、このような旅は若い時しかできないであろう。