TAKAKOというタイトルで学生時代の同期生についてかつて書いたことを覚えている読者もいることだろう。今回は、その第二弾。JUNKOである。
JUNKOは、我々の一年先輩である。もちろんこのように名前で呼ぶことなど無く、20数年前からずっと苗字に○○さんと付けて呼ばせていただいている。我々は「珠算研究会」という非常にマイナーな、そしてまじめなサークルに所属していた。大学の学生会公認サークルということで部室も貸与されていた。毎年の活動方針、予算獲得折衝、珠算大会実施に伴い、東京商工会議所や日本経済新聞社から後援していただくための後援依頼など、大学のサークルというよりは企業におけるインターンシップを体験していたという表現がぴったりである。
そんな珠算研究会でJUNKOは盲人指導部の責任者をしていた。西八王子にある都立八王子盲学校に放課後、週一回、そろばん指導にいっていたのである。その責任者がJUNKOである。長身、アフロヘアーに、カーペンター風のオーバーオールのジーンズ。その姿はいつも笑福亭鶴瓶の若かりし時の姿そのままだった。盲学校へ行く途中であろうか?彼女が発した一言は、印象的で今でも記憶に残っている。それは、駐車場を指差しながら「ここも月極(げっきょく)だわ」「このチェーン店大きいのね」もちろん、受けをねらった訳ではなく、本当にそのように思っての発話故に面白く、いつまでも記憶に残っているのであろう。
そんなJUNKOはじめKEIKOやクラブの同窓に会えることを私はとても心待ちにしていた。タイムマシンは実在しない。ドラえモンも同様である。よって過去に戻ることは出来ない。自分の記憶にある25年前の私と25年ぶりにあった彼らのイメージの中にある私をぜひ比べてみたかった。過去の自分について関係者にインタヴューすることで過去の自分自身を探りたかった。それについて質問を投げかけてみたのが、こちらの求めている返答ではなかった気がする。自分でもどんな返答を求めていたのかはわからないが。自分っていったいなんだろうか?自分らしさってなんだろうか?25年前の私と比べることでその手がかりがあるかもしれないと期待してもいた。
しかしながら一旦酒を飲みだすと珠算ならぬ酒乱研究会と揶揄される位に酒の強い皆。タイムマシンもアウトオブオーダーだ。当初の自分探しどころか家に辿りつくのもやっとになるほど久しぶりに大声を出し、大酒を飲んだ一日となった。
JUNKOは、我々の一年先輩である。もちろんこのように名前で呼ぶことなど無く、20数年前からずっと苗字に○○さんと付けて呼ばせていただいている。我々は「珠算研究会」という非常にマイナーな、そしてまじめなサークルに所属していた。大学の学生会公認サークルということで部室も貸与されていた。毎年の活動方針、予算獲得折衝、珠算大会実施に伴い、東京商工会議所や日本経済新聞社から後援していただくための後援依頼など、大学のサークルというよりは企業におけるインターンシップを体験していたという表現がぴったりである。
そんな珠算研究会でJUNKOは盲人指導部の責任者をしていた。西八王子にある都立八王子盲学校に放課後、週一回、そろばん指導にいっていたのである。その責任者がJUNKOである。長身、アフロヘアーに、カーペンター風のオーバーオールのジーンズ。その姿はいつも笑福亭鶴瓶の若かりし時の姿そのままだった。盲学校へ行く途中であろうか?彼女が発した一言は、印象的で今でも記憶に残っている。それは、駐車場を指差しながら「ここも月極(げっきょく)だわ」「このチェーン店大きいのね」もちろん、受けをねらった訳ではなく、本当にそのように思っての発話故に面白く、いつまでも記憶に残っているのであろう。
そんなJUNKOはじめKEIKOやクラブの同窓に会えることを私はとても心待ちにしていた。タイムマシンは実在しない。ドラえモンも同様である。よって過去に戻ることは出来ない。自分の記憶にある25年前の私と25年ぶりにあった彼らのイメージの中にある私をぜひ比べてみたかった。過去の自分について関係者にインタヴューすることで過去の自分自身を探りたかった。それについて質問を投げかけてみたのが、こちらの求めている返答ではなかった気がする。自分でもどんな返答を求めていたのかはわからないが。自分っていったいなんだろうか?自分らしさってなんだろうか?25年前の私と比べることでその手がかりがあるかもしれないと期待してもいた。
しかしながら一旦酒を飲みだすと珠算ならぬ酒乱研究会と揶揄される位に酒の強い皆。タイムマシンもアウトオブオーダーだ。当初の自分探しどころか家に辿りつくのもやっとになるほど久しぶりに大声を出し、大酒を飲んだ一日となった。