■「過去のない男/Mies Vailla Menneisyytta」(2002年・フィンランド=ドイツ=フランス)
●2002年カンヌ映画祭 グランプリ・主演女優賞
●2003年全米批評家協会賞 外国語映画賞
監督=アキ・カウリスマキ
主演=マルク・ペルトラ カティ・オウティネン アンニッキ・タハティ
職を求めてヘルシンキに出てきた男は、暴漢に襲われて記憶を失ってしまう。普通なら、ここから先は失われた記憶を取り戻そうと必死になるのが映画の常道だろう。往年の名作「心の旅路」だってハリソン・フォードの「心の旅」だってそうだ。ところがこの映画は全く違う。名もなき男は心ある夫婦に助けられた後、自分の生活基盤を作ろうと懸命になる。でも男は決してそれで涙を流したり焦ったりすることもない。淡々とでも着実に、楽しんでいるかのようでもある。救世軍による奉仕活動に従事するようになってから、男はバンドのプロデュースをしたり意欲的なところをみせる。名前がないことで本人が苦悩している様子もない。むかーしの007映画の悪役が「名前なんか墓に刻みゃいいんだ」と言っていたが、劇中男が手なずけた”猛犬”の名は実態とかけ離れたハンニバル(人食い鬼)だもの。名前なんて呼ぶときに便利って以外に何の役に立つ?とまで言われているようだ。ところが名前を言わないことからトラブルが起こる。その結果彼の身元が判明することになるのだ。
この映画は淡々としたムードで物語も決して盛り上がらない。でも決して飽きないからカリウスマキの映画は不思議だ。それは根底に流れている名もなき庶民の人生を賛美する気持ちがひしひしと伝わってくるからだろう。これが観ている僕らに元気をくれるのだ。結果として都合良く転がっていく話ではあるけれど、人生ってやり直せるんだな・・・これを観てそう思った方あるのでは。個性ある脇役たちも印象的だ。中でも銀行に預金を凍結されて賃金が支払えないので銃と預金通帳を持って銀行に押し入る会社社長。この場面は世間の冷たさと人間の温かみを同時に感じられる名場面で忘れがたい。色彩が豊かでひとつひとつの場面が絵になるのがいい。またジュークボックスでバンドにロックンロールを教える場面が好き。短いながらも音楽の一体感を感じられる。日本食と日本酒を口にする場面のクレイジー・ケン・バンド(♪ハワイの夜)も素敵。小津安二郎の影響?があるんだそうですが、これについては僕はうまく語ることができません。どなたか教えて。