■「ル・アーブルの靴みがき/Le Havre」(2011年・フィンランド=フランス=ドイツ)
監督=アキ・カウリスマキ
主演=アンドレ・ウィルム カティ・オウテイネン ジャン・ピエール・ダルッサン ブロンダン・ミゲル
フィンランドのアキ・カウリスマキ監督の最新作は、ヨーロッパで深刻な問題でもある不法移民をテーマにしている。フランス北部、イギリスとの海峡に面した港町ルアーブル。ある夜、港に置かれたコンテナから子供の声が。翌朝、扉を開けるとアフリカから来た人々が黙って座っていた。その場から一人逃げ出した少年。一方、街で慎ましく暮らす靴みがき主人公は、妻の急な入院と自分を遠ざける態度に戸惑っていた。港で見かけた少年と知り合った彼は、何とか少年を匿って、彼が母親の暮らすイギリスへ渡るのを手助けしようとする。追っ手が迫り、資金はなし。彼の静かなる奮闘がこの映画の軸だ。
アキ・カウリスマキ監督の映画は、陽のあたらない場所に生きる庶民を描くことに特徴がある。この映画も例外ではなく、決して裕福とは言えない主人公夫婦の暮らしが描かれる。パン屋にツケをためているような彼が、少年のために大金を集めようとしたり、危険を冒したり。登場人物がニコリともしないのも監督作品のお約束。だけどなぜだが僕らはホッとする。それは今や映画でも現実世界でも失われつつある人情劇だからだ。政府の移民政策に一言ある訳でも、途上国からくる人々を憐れんだりする訳でもない。お腹を空かせて困っている少年を助ける、ただそれを当然のこととしてやっている。実社会ならいろんな要因が決断を弱らせるはずなのに。夫に本当の病状を告げない妻も自分を曲げない強い人。この映画で憎まれ役の刑事だって、かつて逮捕した男の妻を気遣うやさしさをみせる。世の中って人の善意で救われる。ストーリーは特にひねった展開がある訳ではないし、これを予定調和と評する人もいるだろう。だけど、エンドロールが終わった後の、ほっとする気持ちは予定調和だったのか?予想していたことだったか?。それは違うはずだ。世間でエンターテイメントとさせる映画たちとは、まったく違ったものであることにきっと安心したはずだ。
カウリスマキ映画を僕は数本しか観たことがないけれど、そこで使われるロックミュージックは特徴ともいえる。「過去のない男」では、記憶喪失の主人公がジュークボックスの前でロックを語り、「レニングラード・カーボーイ・イン・アメリカ」はポールシュカポーレしかできなかったバンドがロックやカントリーを習得するのが楽しかった。「ル・アーブルの靴みがき」でもそのスピリットは同じ。資金集めの為に地元のロカビリー歌手にチャリティ公演をお願いする素敵な場面が出てくる。苦しい現実社会をニコリともせずに生きている名もなき庶民を描く監督は、そんな庶民が愛する音楽を小道具として使わない。ヴィム・ヴェンダースよりよっぽどロックがわかってる人かもしれない。ある意味では。
僕が映画館に入るとき、ちょうど映画館からでてきた老夫婦がこんな会話をしていた。
「いい話やったね。」「バカなアメリカ映画観るのとは違うな。ほんっとにいい話だった。」
見え透いた人情話をウリにする日本映画とも違う。こういう映画が本当に心を癒してくれる。
ル・アーヴルの靴みがき 【Blu-ray】 キングレコード 2013-01-16 売り上げランキング : 2855 Amazonで詳しく見る by G-Tools |