一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『せかいのおきく』 ……黒木華の美しさが際立つ阪本順治監督の傑作……

2024年01月19日 | 映画


第10回「一日の王」映画賞(2023年公開作品)の発表は2月の上旬を予定しており、
1月中はまだ、昨年(2023年)公開された映画で、
見たかったけれども様々な理由で鑑賞が叶わなかった作品を遅ればせながら見ている。
今回レビューを書くのは、黒木華主演の阪本順治監督作品『せかいのおきく』。
見たかった理由は、二つ。

➀黒木華の主演作であること。


➁阪本順治監督であること。




黒木華は美しい女優である。


彼女の美しさは、北川景子や佐々木希のような孤高の美しさではなく、
どこか、親しみやすさや懐かしさを感じさせる美しさである。
人を寄せ付けない3000m峰の山岳美ではなく、
里山の、棚田や茅葺屋根の民家のような美しさである。(どういう例え?)
蒼井優や奈緒などにも同じ“美”を感じる。

主演映画である、
『シャニダールの花』(2013年)
『リップヴァンウィンクルの花嫁』(2016年)
『日日是好日』(2018年)
『ビブリア古書堂の事件手帖』(2018年)
『先生、私の隣に座っていただけませんか?』(2021年)

などはもちろん、
主演ではなくても、
『草原の椅子』(2013年)
『舟を編む』(2013年)
『小さいおうち』(2014年)
『繕い裁つ人』(2015年)
『幕が上がる』(2015年)
『ソロモンの偽証』(前篇・事件、後篇・裁判)(2015年)
『永い言い訳』(2016年)
『散り椿』(2018年)
『来る』(2018年
『甘いお酒でうがい』(2020年)
『浅田家!』(2020年)
『星の子』(2020年)
『ノイズ』(2022年)
『余命10年』(2022年)
『映画 イチケイのカラス』(2023年)
『ヴィレッジ』(2023年)

などの傑作、秀作、佳作で、存在感を示しており、
私も鑑賞後には必ずレビューを書き、黒木華の魅力を伝えてきた。
こうして列記してみると、
休みなく映画に出演していることが判るし、
その間にもTVドラマにも出演し、
「重版出来!」(2016年4月12日~6月14日、TBS)
「みをつくし料理帖」(2017年5月13日~7月8日、NHK総合)
「凪のお暇」(2019年7月19日~9月20日、TBS)
「イチケイのカラス」(2021年4月5日~6月14日、フジテレビ)
「ゴシップ#彼女が知りたい本当の〇〇」(2022年1月6日~3月17日、フジテレビ)
「僕の姉ちゃん」(2022年7月28日~9月29日、テレビ東京)
「ブラッシュアップライフ」(2023年1月8日~3月12日、日本テレビ)
「下剋上球児」(2023年10月15日~12月17日、TBS)

などの主演作、話題作で我々を楽しませてくれている。
そんな黒木華の主演する新作『せかいのおきく』はぜひ見たいと思った。



阪本順治監督は、


「どついたるねん」(1989年)以降、
ずっと気になる監督ではあるのだが、
『北のカナリアたち』(2012年)のように、
〈これ、本当に阪本順治監督作品?〉
と、ガッカリするような作品もあり、
失礼ながら「当たり外れ」のある監督だと認識している。(極私的感想です)
それでも、近年は、
『団地』(2016年)
『半世界』(2019年)
『冬薔薇』(2022年)

などのように傑作、秀作をものしており、
阪本順治監督にとって30作目にして、
初めてのオリジナル脚本による時代劇『せかいのおきく』は、
〈絶対に見たい……〉
と思った。



江戸末期、


武家育ちの22歳のおきく(黒木華)は、


現在は浪人の身となった父、源兵衛(佐藤浩市)と二人で貧しい暮らしをし、


寺子屋で子供たちに読み書きを教えている。
ある雨の日、厠(寺所有の公衆便所)のひさしの下で、
雨宿りをしていた紙屑拾いの中次(寛一郎)と、
下肥買いの矢亮(池松壮亮)と出会い、


中次の方に心惹かれる。


苦しい生活を送りながら懸命に生きる若者たちは次第に心を通わせていくが、
ある日、父を狙った刺客に襲われて喉を切られたおきくは、


声を出す事ができなくなってしまう。


父親と己の声を失くしたおきくは失意のどん底に叩き落され、臥せってしまうが、
寺の住職・孝順(眞木蔵人)や子供たちに励まされ、立ち直り、


声は出なくても子供たちに文字を教えようと決意をする。


そして、雪の降りそうな寒い朝、
やっとの思いで中次の家にたどり着いたおきくは、
中次に、身振り手振りで、精一杯に気持ちを伝えるのだった……




映画鑑賞後、
山本周五郎や藤沢周平の優れた短編を読んだときのような満足感があった。
おきくや長屋の住人たちは、貧しいながらも生き生きと日々の暮らしを営み、
そんな彼らの糞尿を売り買いする中次と矢亮もまた、
「臭い」「汚い」と罵られながら、
いつか読み書きを覚えて世の中を変えてみたいと、希望を捨てない。
お金もモノもないけれど、人と繋がることをおそれずに、前を向いて生きていく。



江戸時代の糞尿譚ともいうべき時代劇。


昨年(2023年)末に、映画『PERFECT DAYS』を見て、
都会の最新式の美しいトイレを見たばかりなので、
『PERFECT DAYS』と『せかいのおきく』を比較して、隔世の感があった。


ただ、私個人としては、妙に懐かしさも感じさせられた映画であった。
私の幼少期は昭和30年代なのだが、
生活圏にはたくさんの(当時“だんぼがめ”と呼んでいた)“肥溜め”があったし、
それぞれの家が、各自、糞尿を桶に入れて、家の便所から“肥溜め”に運んでいた。


私の家では、父と(私より8歳上の)兄が、それを行っていた。
なので、懐かしさも感じてしまったのであるが、
今の若い人たちにとっては、驚きの(江戸時代の)トイレ事情であったかもしれない。


厠や肥溜めや糞尿がこれでもかという具合にスクリーンに映し出されるので、
カラーではキツイということもあってか、モノクロ映像になっていると思うのだが、


このモノクロ映像が、意外な効果を生み出していた。
糞尿も含め、とにかく映像が美しいのだ。
墨絵のように美しいモノクロ映像で描き出される「せかい」のなんと貴く、尊いことか……


そして、「おきく」(黒木華)のなんと美しいことか……





上映時間89分という比較的短い映画であるにもかかわらず、
小さく章分けされており、
各章が終わる寸前、モノクロが数秒間カラーに変わる。
最初の章が終わる刹那、おきくの顔がカラーで映し出されるのだが、
そのおきくの顔が神々しいほどに美しかった。
昔、ピンク映画で、
その場面(濡れ場)だけカラーになるパートカラーというのがあったが、(コラコラ)
本作『せかいのおきく』でも、モノクロを基調に、
カラーが効果的に使われていた。



この映画『せかいのおきく』の成功は、
黒木華を主役に据えたことにあるだろう。
おきくは活発でしっかり者でありながら、可愛らしさやいじらしい面も持ち合わせていて、
身分の差など気にせず真っ直ぐに愛を貫く、芯が一本通った女性であり、
序盤はおきゃんなおきくを黒木華は明るく快活に演じる。
だが、物語の中盤、おきくは喉を切られて声を失ってしまい、
以降はセリフのない演技が続き、黒木華の演技は変化する。


この時代はまだ手話もないし、おきくが心を寄せる中次は読み書きができません。そんな中次に、おきくは身振り手振りで感情を伝えなければならない。どうすれば、おきくの気持ちや、それがうまく伝わらないもどかしさを表現できるか、何度も監督と話しながら演技を練りました。(「GQ JAPAN」インタビューより)

黒木華はこう語っていたが、
言葉がないからこそ、演技には迫力が増し、その名演に見る者は魅了される。
黒木華のファンにとっては、大満足の一作であった。



黒木華の他、出演者は、基本、
寛一郎、池松壮亮、佐藤浩市、眞木蔵人、石橋蓮司の(黒木華を含め)6人で、


元・紙屑買いで、矢亮と出会って“下肥買い”になった中次を演じた寛一郎、


“下肥買い”の矢亮を演じた池松壮亮、


寺の住職・孝順を演じた眞木蔵人、


おきくの父・松村源兵衛を演じた佐藤浩市、


おきくと同じ長屋に住む孫七を演じた石橋蓮司が、


確かな、可笑しみのある演技で、おきくを盛り上げ、
そして本作を傑作へと押し上げていた。



本作『せかいのおきく』は、
阪本順治監督作品の中では私の一番好きな映画であり、
『どついたるねん』『大鹿村騒動記』『半世界』『冬薔薇』などをも超える、
阪本順治監督の新たな代表作になったと思った。

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