一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『愛しのアイリーン』 ……日本の田舎の“土着と性と暴力”を描いた傑作……

2018年11月01日 | 映画

吉田恵輔監督の最新作である。


かつては、
『純喫茶磯辺』(2008)
『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013)
『麦子さんと』(2013)
『銀の匙 Silver Spoon』(2014)
などで知られる監督で、
このブログでもいくつかの作品はレビューを載せており、
明るくて、クスッと笑える作風であったのだが、
2016年に公開された映画『ヒメアノ~ル』は、
前半は従来の作品風であったのだが、
後半は、
「本当に𠮷田恵輔監督作品?」
と叫びたくなるほどの変貌ぶりに仰天した。

映画を見た素直な感想は……というと、
「スゴイ」の一言。
何がって、
森田剛が……だ。
もともと、蜷川幸雄の舞台などで、
彼の演技には定評があったが、
本作『ヒメアノ~ル』では、
森田正一が森田剛に乗り移っていた……と感じた。
いや、森田剛が森田正一に乗り移っていたと言い直すべきか。
森田剛の演技から、一瞬たりとも目が離せなかった。
空虚、絶望、狂気を、
腰を据えた演技で魅せる森田剛に、
引き込まれ、
惹き込まれ、
挽き込まれてしまった。
脳を、心を、感情を、
粉々にされてしまった。
グチャグチャにされてしまった。
いやはや、スゴイものを見させてもらった。


とブログに書いたのだが、
その時点で、
「現時点での、𠮷田恵輔監督の最高傑作である」
と宣言した。

その後、
今年(2018年)2月10日に『犬猿』が公開され、
……𠮷田恵輔監督のオリジナル脚本と江上敬子の存在感が秀逸な傑作……
とのタイトルでレビューを書いたが、
素晴らしい作品ではあったが、『ヒメアノ~ル』を超えるほどの作品ではなかった。

そして、本作『愛しのアイリーン』(2018年9月14日公開)である。
『ヒメアノ~ル』の原作は(古谷実の)漫画であったが、
『愛しのアイリーン』もまた(新井英樹の)漫画が原作である。


生ける伝説と言われる新井英樹が、20年以上前に描いた漫画で、
「日本(の農村)の少子高齢化」「嫁不足」「外国人妻」「後継者問題」
などの社会問題に真っ正面から取り組んだ作品である。
この漫画『愛しのアイリーン』を“最も影響を受けた漫画”と公言する𠮷田恵輔が、
実写映画化したのだから、面白くならないわけがない。
主演は、安田顕。
アイリーン役にはフィリピン人女優のナッツ・シトイ、
その他、木野花、伊勢谷友介、河井青葉、福士誠治、品川徹、田中要次などが顔を揃える。
問題は、上映館である。
〈果たして佐賀で見ることができるのか……〉
と心配したが、
(一ヶ月遅れの短期間の上映であったが)イオンシネマ佐賀大和での上映が決まり、
先日、ようやく見ることができたのだった。



一世一代の恋に玉砕し、
家を飛び出した42歳のダメ男・宍戸岩男(安田顕)は、フィリピンにいた。
コツコツ貯めた300万円をはたいて嫁探しツアーに参加したのだ。


30人もの現地女性と次々に面会してパニック状態の岩男は、
半ば自棄になって相手を決めてしまう。
それが貧しい漁村に生まれたフィリピーナ、アイリーン(ナッツ・シトイ)だった。


岩男がとつぜん家を空けてから2週間。
久方ぶりの帰省を果たすと、


父の源造(品川徹)は亡くなり、実家はまさに葬儀の只中だった。
ざわつく参列者たちの目に映ったのは異国の少女・アイリーン。
これまで恋愛も知らずに生きてきた大事な一人息子が、
見ず知らずのフィリピーナを嫁にもらったと聞いて激昂するツル(木野花)。
ついには猟銃を持ち出し、その鈍く光る銃口がアイリーンへ向けるのだった……




映画評論家のレビューを読む場合、
自分と同じような感性の持ち主の評論家と、
真逆の感性を持つ評論家の両方を用意しておくと良い。
そして、映画を見たいと思わせるのは、
大抵、自分とは真逆の感性を持つ評論家の方なのである。(笑)
『キネマ旬報』のレビューのコーナーに、Kという女性の映画評論家がいる。
このKは、たいてい「けなす」だけのレビューを書いているのだが、(爆)
私の場合、このKが貶した作品は、なるべく見るようにしている。
感性が真逆なので、Kが貶した作品は、私にとっては面白作であることが多いのだ。
そのKが、『愛しのアイリーン』について、
最低点を付けた上で、次のように記していた。

超絶ギャグか、ブラックコメディか、暴走、狂騒、やけのやんぱち、その全てが不快感を誘ってとても付いていけない。結婚を焦る42歳のマザコン男と、彼がフィリピンで金を払って“物色”したアイリーン。日本に連れ帰って以降の展開は、暴力的なワルふざけとしか言いようがなく、流されてばかりの42歳男の不甲斐なさには目を伏せたくなる。いや、フィリピンでの嫁探しツアー自体にも違和感を覚え、アイリーンの家族の描き方も無神経。無責任に面白がればいい? 私はダメだった。

全力で全否定しているのである。
これを読んで、
〈絶対に見なければ……〉
と思った。(笑)
そして、見た感想はというと、予想に違わぬ「傑作」であった。
しかも『ヒメアノ~ル』超えの、
(現時点での)𠮷田恵輔監督の最高傑作であったのだ。



まずは、42歳のダメ男・宍戸岩男を演じた安田顕を褒めたい。


主演した映画『俳優 亀岡拓次』(2016年)のときにも褒めているが、
その役になりきる集中力が半端ない。
原作の漫画では、プロレスラーのような大男なので、
〈はたして自分にできるのか……〉
と心配したそうだが、
そんなことはまったく気にならないほどの“なりきりぶり”で、
彼の演技に、笑わされ、泣かされ、感動させられた。



主演男優である安田顕はもちろん良いのだが、
この映画の凄さは、実は、女優陣にあるのだ。
アイリーン役のフィリピン人女優・ナッツ・シトイ。


彼女なくしてこの映画は成立しなかった。
それほどの素晴らしい演技であった。
フィリピンでの初々しい演技、


日本に来てからの、次第に逞しさを増していく演技、


特に、岩男の母・ツル(木野花)に対する演技は特筆もので、
ラスト近くの、雪の山中での演技には、本当に感動した。


喜び、悲しみ、怒り……すべての感情を表現し尽くし、
この作品に、自分の持つすべてのものをぶつけているような凄みを感じた。
本作が、現代の『楢山節考』とも言える作品になっているのは、
(木野花の名演と共に)ナッツ・シトイの功績大である。



岩男の母・ツルを演じた木野花。


一番驚いたのが、彼女の演技だ。
これまで、なんだか“穏やかな女性”のイメージがあったので、ビックリ。
息子を溺愛する単純な性格の母親かと思いきや、
次第に明かされる過去が、ツルを特別な女性へと持ち上げていく。
ほとんどが、怒りや悲しみの感情表現であったが、
ラスト近くには、安らぎの表情も見せる。
その圧倒的な演技力、表現力で、見る者を魅了する。
今年の最優秀助演女優賞の有力候補の一人と言えるだろう。



岩男と同じパチンコ店で働く𠮷岡愛子を演じた河井青葉。
『続・深夜食堂』(2016年)
『あゝ、荒野』(2017年)
のレビューを書いたときにも、河井青葉のことを書いたと思うが、
本作で、パチンコ店の制服を着た彼女を見たとき、
これまでにない不思議な感情に襲われた。
何の脈絡もなく、これまでの作品では感じたことのないエロスを感じてしまったのだ。
そして、私が感じたそのエロスが、
ほぼ、私が思った通りに表現されていて、私自身も驚いてしまった。
(何のことを言っているのか解らないと思うが、映画を見てもらえば納得してもらえると思う)
本作で、私にとっては、河井青葉は特別な女優になった。



岩男の見合い相手を演じた桜まゆみも良かったし、


この映画『愛しのアイリーン』は、
日本の田舎の“土着と性と暴力”を描いた作品であると同時に、
様々な境遇の女性を描いた女性映画でもあったなと思った。


語りたいことは多いが、
とにかく映画を見てもらいたい。
反発するか、共感するかは分らないが、
このエネルギーに満ちた作品を躰ぜんぶで感じてもらいたい。
私にとっては、大傑作であった。
ぜひぜひ。

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