一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ベイビー・ブローカー』 ……ぺ・ドゥナとイ・ジュヨンに逢いたくて……

2022年07月09日 | 映画


2018年9月に行われた第35回古湯映画祭は、
「佐々部清監督特集」ということで、
私は3日間すべてに参加し、4回にわたってレポを書いた。

第35回古湯映画祭「佐々部清監督特集」① ……3日間で9本の映画を鑑賞する……
第35回古湯映画祭「佐々部清監督特集」② ……安倍萌生のデビュー作を鑑賞……
第35回古湯映画祭「佐々部清監督特集」③ ……楽しいトークショーとパーティー……
第35回古湯映画祭「佐々部清監督特集」④ ……佐々部清監督の傑作3本上映……

この映画祭から1年半後の2020年3月31日に佐々部清監督が亡くなり、(享年62歳)
大変驚くとともに、
〈60代はいつ死んでもおかしくない年代なのだ……〉
との思いを強くした。


そして、あの映画祭での佐々部清監督の言葉を、
今でも時々思い出すのであるが、
その中にひとつに、
「賞狙いで映画をつくってはダメだ」
というのがあった。
具体的に監督名を挙げたりはしなかったが、
私は、是枝裕和監督や河瀬直美監督を思い浮かべていた。(コラコラ)
「賞狙いの映画は、貧しくて暗い心の闇を鋭利に描くことが芸術映画みたいに思っているところがある」
とも指摘されていたが、
〈たしかにそういう部分はあるかな……〉
と考えたが、
〈いやいやそういう映画ばかりではない……〉
と思ったりもした。

是枝裕和監督の作品は、ほとんど見ているが、
〈数々の海外映画賞を受賞し世界から評価されている是枝裕和監督作品だから見る……〉
という部分はたしかにあるものの、それだけではなくて、
「鑑賞する映画は出演している女優で決める」主義の私は、
『歩いても 歩いても』(2008年)は、夏川結衣、
『空気人形』(2009年)は、ぺ・ドゥナ、
『奇跡』(2011年)は、夏川結衣、長澤まさみ、
『そして父になる』(2013年)は、尾野真千子、真木よう子、
『海街diary』(2015年)は、綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず、
『海よりもまだ深く』(2016年)は、真木よう子、小林聡美、
『三度目の殺人』(2017年)は、広瀬すず、
『万引き家族』(2018年)は、安藤サクラ、松岡茉優、池脇千鶴、

というように、
好きな女優が出演している映画としてこれまで楽しんできた。
是枝裕和監督の新作『ベイビー・ブローカー』(2022年6月24日公開)も、
私の好きなぺ・ドゥナとイ・ジュヨンが出演しているので「見たい!」と思った。


今年(2022年)の第75回カンヌ国際映画祭コンペティション部門に出品され、




主演のソン・ガンホが韓国人俳優初の男優賞を受賞した話題作なので、


公開直後は人が多いと思い、
公開から10日ほど過ぎた頃に、映画館に向かったのだった。



古びたクリーニング店を営みながらも借金に追われるサンヒョン(ソン・ガンホ)と、


赤ちゃんポストのある施設で働く児童養護施設出身のドンス(カン・ドンウォン)には、


「ベイビー・ブローカー」という裏稼業があった。
ある土砂降りの雨の晩、
2人は若い女ソヨンが赤ちゃんポストに預けた赤ん坊をこっそりと連れ去る。


しかし、翌日思い直して戻ってきたソヨン(イ・ジウン)が、
赤ん坊が居ないことに気づいて警察に通報しようとしたため、
2人は仕方なく赤ちゃんを連れ出したことを白状する。
「赤ちゃんを育ててくれる家族を見つけようとしていた」
という言い訳にあきれるソヨンだが、
成り行きから彼らと共に養父母探しの旅に出ることに。


一方、サンヒョンとドンスを検挙するため、
尾行を続けていた刑事のスジン(ぺ・ドゥナ)と、


後輩のイ刑事(イ・ジュヨン)は、


決定的な証拠をつかみ、是が非でも現行犯で逮捕しようと、
静かに彼らの後を追って行くが……




オール韓国ロケ、韓国人キャストの映画であったが、
まぎれもない是枝裕和監督作品であったし、
是枝裕和監督が長年継続している「家族」がテーマの映画であった。
そして、
是枝裕和監督の作品の多くに「困窮と犯罪」が潜んでいるのだが、
本作にも「赤ちゃんポスト」に預けられた赤ん坊を元手に違法な仲介業を裏稼業とする2人の男が登場し、義父母探しの旅をする映画になっていた。
ロードムービーと言えるものだが、




金銭目的で赤ん坊を売ろうとしていたはずのブローカーたちであったが、
いつしか子どもの幸せを真剣に考え始めるようになり、
図らずも巻き込まれてしまった1人の女と2人の女刑事は、
旅を続けるうちに、他人の集まりであったものが、
疑似家族というか、次第にひとつの家族のようになっていく。


『そして父になる』『海街diary』『万引き家族』などでも扱われていた、
「家族というのは血のつながりだけではない……」
ということが、
この映画でも重低音のように見る者の心に響いてくる。


登場人物たちは、
児童養護施設出身の者や、親の愛を知らずに大人になった者たちばかりで、
〈自分は生まれてきて良かったのか?〉
といつも己に問うている。
不安であるし、それは、
〈自分はこの世に存在していいのか……〉
という、“生”そのものに対する根源的な問いかけにさえなっている。


だから、
母になる自信もないし、
そもそも母親になる気もない。


(ここからは、ちょっとネタバレになるが……)

映画の終盤、
ある人物から(ある人物たちに向けて)、
「生まれてきてくれて、ありがとう……」
という言葉が幾度となく発せられる。
安っぽいTVドラマや、
感動を強要するようなドキュメンタリー番組、
手の内が透けて見えるバラエティー番組などでよく聞く、
手垢の付いた言葉であるのだが、
これが本作では感動的な言葉として見る者に心に届く。

ペ・ドゥナさんが演じるスジンという刑事が最初に発する言葉「捨てるなら産むなよ」というのが、厳しいけれど多くの人が母親に対して思う言葉ではないでしょうか。父親は批判されないけれど母親は批判される、その最も一般的な言葉だと思います。「捨てるなら産むなよ」という言葉は、裏を返せば「生まれない方がよかった命なのだ」ということです。
この映画は、その価値観を、スジンの中、つまりは観客の中で、2時間かけてどう反転させていくかということを縦軸にした物語にしなければいけないと思っていました。それはなぜかといえば、この作品に関連していろいろと取材を重ねていくなかで、赤ちゃんポストに捨てられた子供や施設に預けられた子供たちが、自分が生まれたことを肯定できない、肯定できずに大人になっていくという現実に触れて、そのことに対するアンサーを、大人としては何かしなければいけないのではないかと、今回は真面目に考えました。
(「otocoto」インタビューより)

是枝裕和監督は、こう語っていたが、
2時間かけて、
「生まれてきてくれて、ありがとう……」
という言葉に至る物語は感動的で、
〈さすが是枝裕和監督!〉
と思わされたことであった。



ブローカーである2人の男、
サンヒョンを演じた(カンヌ国際映画祭で韓国人俳優初の男優賞を受賞した)ソン・ガンホと、
ドンスを演じた(顔が良すぎると言われ続けている)カン・ドンウォンについては、
多くの人が語ると思うので、(笑)
私は出演女優について少し述べようと思う。



まずは、
刑事のスジンを演じたぺ・ドゥナ。


日本映画出演作の
山下敦弘監督作品『リンダ リンダ リンダ』(2005年)


是枝裕和監督作品『空気人形』(2009年)


などだけではなく、
ポン・ジュノ監督作品である、
『ほえる犬は噛まない』(2000年)
『グエムル-漢江の怪物-』(2006年)

チョン・ジュリ監督作品である、
『私の少女』(2014年)
などで、私を楽しませ続けている女優である。
とにかく演技が上手く、存在感があり、
出演作を傑作に押し上げる力を持った女優である。
だから彼女の出演作は見て損のない作品ばかりである。
『ベイビー・ブローカー』でも、それは変わらず、
ぺ・ドゥナの演技は(ソン・ガンホの演技と共に)本作を見るべきものにしている。


是枝裕和監督は、

非常に難しい役だったと思いますが、彼女はいい意味で日本人的な心の機微、言葉にしない部分をすごく理解してくれるタイプ。(「映画.com」インタビューより)

と、語っていたが、
脚本に「……」と書いているある部分でさえ、
「どういうニュアンスなのか教えて下さい」
と訊いてきて、
日本語で伝えたいニュアンスを、正確に韓国語で表現してくれたとのこと。
ありがちな韓国映画ではなく、
まさに是枝裕和監督作品としか言えないものになっているのは、
ぺ・ドゥナの演技力に由るところ大である。



スジンの後輩のイ刑事を演じたイ・ジュヨン。


イ・ジュヨンとは、映画『野球少女』で出逢った。
……チラシのイ・ジュヨンの写真に魅せられて映画鑑賞したら……
とのサブタイトルを付してレビューを書いたのだが、
そのレビューを、私はこう書き出している。

映画館へ行くと、
近日公開予定の作品のチラシ(フライヤー)が置いてある。
無料なので、気になった映画のチラシは持ち帰ることにしているのだが、
いつだったか、
韓国映画『野球少女』(2021年3月5日公開)のチラシを目にした。



そして、そのチラシに写っている女優に魅せられた。
名はイ・ジュヨン。
韓国ドラマ「梨泰院クラス」で注目を集めた女優であるらしいが、



その「梨泰院クラス」というドラマは観ていなかったし、
『野球少女』のチラシ写真が初対面であった。
第一印象は、
〈平手友梨奈に似てるな~〉
であった。
平手友梨奈は私の好きな女優(歌手、ダンサー)で、
欅坂46の元メンバーで、
欅坂46でセンターを務めていた頃から、
その目力や、周りに媚びなさそうな風貌、
孤立感や孤独感をまとった雰囲気が好きだった。



彼女の映画出演作、
『響-HIBIKI-』(2018年9月14日公開)
『さんかく窓の外側は夜』(2021年1月22日公開)
は、このブログにレビューも書いている。
チラシの写真でイ・ジュヨンを見た瞬間、平手友梨奈を連想し、魅せられ、
彼女の主演作『野球少女』も見たいと思った。
レコード、CD、DVD、本などのメディア商品を、内容を全く知らない状態で、パッケージデザインから受けた好印象を動機として購入することを“ジャケ買い”と言うが、
『野球少女』の鑑賞動機は、まさにその“ジャケ買い”であった。(笑)
はたしてどんな作品なのか……
ワクワクしながら公開初日に映画館に駆けつけたのだった。



(中略)

冒頭、イ・ジュヨンを平手友梨奈に似ていると書いたが、
イ・ジュヨンも、平手友梨奈と同様に、
その目力や、
周りに媚びなさそうな風貌、
孤立感や孤独感をまとった雰囲気が抜群だった。



そして、物語が進むにつれて、
私の好きなあいみょんにも似ていることに気づかされた。



ホクロの位置まで似ている。


あいみょんに似ているということは、
私の大好きな小松菜奈にも似ているということになる。(コラコラ)



つまり、私の好きな女性の要素を集めた顔であり、
上映時間の105分間、私は、その、
私の好きな女性の要素の集合体である・イ・ジュヨンの顔に魅入られっ放しであった。



長々と引用したが、
この『野球少女』で、私はイ・ジュヨンにすっかり魅せられてしまった。
彼女をまたスクリーンで見たいと思っていたのだが、
まさか是枝裕和監督作品で逢えるとは思ってもみなかった。
イ・ジュヨンは、
日本でも人気の「梨泰院クラス」でトランスジェンダーのマ・ヒョニを演じるなど、
演技力にも定評があり、演技力を高評価する人の方が多いと思うが、
私はスクリーンでイ・ジュヨンを見ることができただけで幸せであった。(コラコラ)




「梨泰院クラス」をリメイクしたTVドラマ「六本木クラス」(テレビ朝日系)の放送が始まったが、こちらには(役は違えど)イ・ジュヨンに似た平手友梨奈が出演しているので楽しみ。


イ・ジュヨンの主演映画『なまず』(2022年7月29日より全国順次公開)も、
(公開時期は遅れそうだけど)佐賀で見ることができそうなので、こちらも楽しみ。



赤ちゃんポストに赤ん坊を預けたソヨンを演じたイ・ジウン。


この映画を見るまで、イ・ジウンのことはまったく知らなかった。
美しく、演技も巧く、感心することしきり。

【イ・ジウン】
1993年5月16日、韓国・ソウル特別市生まれ。
“IU”というアーティスト名でソロ活動をするシンガーソングライター。
韓国では老若男女を問わず絶大な知名度と人気を誇り、
“国民の妹”、“K-POPクイーン”、“CM女王”などの異名を持つ。


「Wikipedia」を見たら、“国民的歌姫”とあり、
書かれているその情報量に圧倒される。(笑)
日本でもかなり有名らしく、知らなかったことを恥じる。


知らなかっただけに、イ・ジウンと出逢えた喜びは大きかった。


女優としての活動はまだ少ないが、
『ドリーム』という初主演作もクランクアップしたそうなので、


女優としてのイ・ジウンにも、これから度々逢えそうな気がする。
楽しみだ。



是枝裕和監督の作品群は評価しつつも、
以前、片山慎三監督作品『岬の兄妹』のレビューを書いたとき、
……『万引き家族』がメルヘンに思えてくるほどの傑作……
とのサブタイトルを付した。
是枝裕和監督の映画が、あまりに優等生すぎて、ちょっと揶揄してみたくなったのだが、
佐々部清監督が言っていた、
「賞狙いの映画は、貧しくて暗い心の闇を鋭利に描くことが芸術映画みたいに思っているところがある」
という言葉に当てはまるものが是枝裕和監督作品には案外多く、
〈「家族」「困窮と犯罪」「子供」の三題噺みたいな作品は正直もういいかな……〉
という気持ちもどこかにある。
いつか海外の映画賞に出品しない(賞とは無関係の)是枝裕和監督の映画も見てみたい気がするのだ。
もちろん、
映画賞は狙って獲れるような、そんなに甘いものではないし、
是枝裕和監督も、映画賞を狙って映画をつくっているわけでもないと思うが、
他人の評価をまったく気にしない、破天荒で、もう笑うしかない……というような是枝裕和監督作品にも(いつの日か)遭遇したいと思った。

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