一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

『こんにちは! ひとり暮らし』(みつはしちかこ) ……小さな恋のものがたり……

2024年11月03日 | 読書・音楽・美術・その他芸術


背の低い女の子チッチが、
ハンサムで長身の男の子サリーに抱く一途な恋心を描いた4コマ漫画、
『小さな恋のものがたり』をご存じだろうか?


1972年7月8日から9月30日まで、
岡崎友紀、沖雅也のW主演で、日本テレビ系列でドラマ化もされているので、
私と同年代くらいの方々はご存じのことと思う。




私には、かつて、若き頃、
大学時代の4年間つき合った彼女がいたのだが、(コラコラ)
社会人になってからはすれ違いが続くようになり、別れることになった。
そのことは、以前、映画『花束みたいな恋をした』のレビューを書いたときに、
次のように記している。

私にも、大学の入学式で見初めて、大学4年間付き合った彼女がいたが、
社会人になるとすれ違うことが多くなり、結局交際5年目に別れた経験があった。
なので、上映時間の124分間、
私も、若き頃を思い出し、キュンキュンさせられっ放しであった。


ストーリー紹介で、
「好きな音楽や映画が嘘みたいに一緒で……」
と書いたが、付き合い始めた頃は、誰しもそう感じるものだ。(笑)
だが、愛することに慣れ、好きという感情が薄れてくると、
お互いの相違点ばかりが目立つようになり、
些細な事でも気になり始め、相手を批判するようにもなる。
そして、結局、別れてしまう。

思い出というものは、変質する。
別れたすぐのときは、哀しく、切なく、
思い出したくもなかったりするが、
時間の経過と共に、自分の都合のイイように思い出は書き換えられ、
甘美な思い出に変質し、良き思い出となる。
私のように青春の思い出から40年以上も経過すると、
すべてが甘美な思い出となり、(爆)
辛かったことや苦しかったことはすべて忘れ去られているものだが、
本作『花束みたいな恋をした』のような言葉に特化した優れた作品を鑑賞すると、
その忘れていた感情が思い出され、胸が締め付けられた。
とくに、映画の後半の言葉のやりとりには、
忘れていた感情を掘り起こされてしまった。
辛かったことや苦しかったことが蘇り、心が震えた。
そして、すべてにおいて「自分が悪かったのだ」ということを思い知らされた。
あの頃から40年以上が経過し、
彼女も私と同じ前期高齢者になっていることだろう。
もし、彼女も本作『花束みたいな恋をした』を見る機会があれば、
私を思い出しただろうか……と、自分に都合よく考えたりもした。
あわよくば、彼女の(私との)思い出が、良き思い出に変質していますように……



このときの彼女が、
『小さな恋のものがたり』が大好きで、家に全巻(当時は20巻くらい)揃えており、
彼女の影響で、私も大学時代に(彼女に借りて)全巻読んでしまったのだ。


イヤイヤ読んだのではなく、自ら望んで面白く読んだのだが、
彼女と別れてからは、もう『小さな恋のものがたり』を手にすることはなかったし、
読むこともなかった。

先日、図書館に行った折、新着図書コーナーで、
『こんにちは! ひとり暮らし』という本を見つけた。
そして、すぐに手に取った。
「みつかしちかこ」という著者名に見覚えがあったし、
表紙の絵に懐かしさをおぼえたからだ。
そう、『小さな恋のものがたり』の著者によるエッセイ集だったのだ。


【みつはしちかこ】
漫画家。1941年、茨城県生まれ。 幼少期から絵や詩、漫画に親しむ。高校時代の漫画日記をもとに4コマ漫画『小さな恋のものがたり』を描きため、1962年に雑誌「美しい十代」(学研)で漫画家デビュー。同作は1976年にミリオンセラーを記録、77年に日本漫画家協会賞・優秀賞、また2015年には手塚治虫文化賞・特別賞、日本漫画家協会賞・文部科学大臣賞を受賞。2022年、最新刊となる『第46集』を刊行、60年以上にわたる記録的ロングセラーに。1980年から22年間にわたり、朝日新聞日曜版に連載した『ハーイあっこです』(テレビ朝日系でアニメ化)のほか、『わたがしふうちゃん』(ポプラ社)、『アララさん』(講談社)など漫画の著書多数。ほか詩画集『あなたにめぐりあえてほんとうによかった』(ダイヤモンド社)など著書多数。



パラパラと立ち読みすると、「はじめに」に、
もう83歳になったと記されていた。


〈もう83歳にもなられたのか……〉
と、しばし感慨にふけり、
その本を借りて帰ったのだった。

帰宅後、調べてみると、
1967年11月に刊行が始まった『小さな恋のものがたり』は、その後、
2014年9月には描き下ろし内容を主とする最終第43集が刊行され、
一応完結したとされたが、
「チッチとサリーの未来を描いてみたい」とのみつはしちかこさんの意向から、
2018年10月に第44集、
2020年9月に第45集、
2022年10月に第46集が、
「その後のチッチ」というサブタイトルを付けられて刊行されたそうだ。


まだまだお元気で、(現役漫画家として)今も活躍されているようだ。
そんなみつはしちかこさんの本『こんにちは! ひとり暮らし』を、
私は、ちょっぴりワクワクしながら読み始めたのだった。



【目次】
第1章 ひとり暮らしを楽しんでいます
第2章 思い出をいしずえに暮らしてます。
第3章 花の暮らしが好きです
第4章 おいしくいただいています
第5章 小さな恋を描きつづけています



こんにちは!
わたしがひとり暮らしをはじめてからずいぶんたちます。
夫を見送ってからですから、もう14年になるでしょうか?
今はもういない、家族や友人たちのことを思い出しながら、
83歳になる暮らしをしています。
近くに住む妹と散歩しながら、よその家の花壇に見とれたり、
これまでの思い出を心のいしずえにして……


こういう書き出しで始まるエッセイ集は、
みつはしちかこオフィシャルブログ『小さな恋のダイアリー』の文章や、
その他雑誌などに寄稿したものを集めたものである。

締め切りに追われていたわたしの生活が転機を迎えたのは、60歳を過ぎたころからでした。2人の子供たちが独立し、育児、家事を支えてくれていた義母が亡くなりました。
夫婦2人の生活になり、今でいう定年夫婦の危機です。お互いの欠点が見えるようになって、ケンカばかり。一番つらかったのは66歳のころ。17歳のチッチの片思いを全く描けなくなってしまったのです。年齢的に無理がある気がして。もうやめようと、毎日そればかり考えていました。
その後、2年ほどして夫に食堂がんが見つかり、すぐに息を引き取ってしましました。マンガばかりだったわたしは、彼に優しい声ひとつかけてあげられなかった。自分の不甲斐なさから後悔の念でいっぱいになってしまいました。
そして、夫の死から1か月後、突然の病がわたしを襲いました。胸が苦しくなり、意識を失ってしまいました。心不全でした。
(23~24頁)

九死に一生を得たものの、病気の後遺症で、手が震えて描けなくなり、
周囲からは、「もう無理することはない。連載はやめたほうがいい」という声もあったとか。
そういうときに支えになったのは、大切な人が遺してくれた思い出や言葉だった。
かつての夫の言葉、ファンレターの中の言葉など、思い出の中に、自分を元気づけてくれる宝石のようなものが詰まっていたのだそうだ。

わたしたちの年齢になれば、誰しも身近な人の訃報が突然のように舞い込んでくることが多くなります。家族だけでなく、かつての恋人や、友人も。サリーのモデルでもあるわたしの初恋の人、M君は、40代で交通事故に遭い、その後、療養して帰らぬ人となったことを、人づてに聞きました。一報を聞いたときは、かなり衝撃を受けましたが、時間が経った今では、彼は今も大切な思い出となってわたしを支えつづけてくれています。(26頁)

北風の中で裸になってふんばっている木を見ながら、

ところで、この木は、一体何歳になるのでしょうか? 少なくともわたしより倍以上、年上のはずです。帽子もかぶらずコートも着ずに、裸で冬に立ち向かっているのです。そして、また近々蘇ろうと準備をしているのです。
(中略)
年をとることはくり返し生きること。たくさんの思い出たちから勇気をもらって、より豊かに生きることではないでしょうか?(90~91頁)

この他にも、印象深い言葉がちりばめられていて、
付箋を貼りながら読み進めていたのだが、
一番共感したのは、「青春を長生きする」というタイトルのエッセイ。

昔、同人雑誌仲間の一人とよく手紙のやりとりをしていました。その中で印象に残っているひとこと。
「ぼくはうんと長生きしたいんだ」
ずいぶん年寄りくさいことを言うなーと思ったのですが、そのあと、「青春をうんと長生きしたいんだ」とつづいていて、あー、そういうことか、青春を長生きねー。I君らしい。
それはわたしもそう。実際にわたしは彼が言っていたように、『小さな恋のものがたり』というマンガを描くことによって、チッチとともに青春を長生きしつづけている(といっても心の中のことで、見かけはすっかり老人ですが)。

その昔、わたしが思春期に入りたての中学2年の夏、急に自己嫌悪におちいって、何もかも恥ずかしく、できることならこういうめんどうなときを飛び越して、60歳くらいのオバアサンになってしまいたいと思っていました。
そんな暗い夏に、思いがけなく堅物の父に勧められてマンガ日記をつけはじめました。1日を4コマに分けて、4つのマンガ(面白いこと)を描くのです。そういてみると、今まで同じことのくり返しのように思えた平凡な毎日に、けっこう新しいできごとが見つかるのでした。“何か面白いことはないかナ?”と目をこらすと、面白くなってくるんですよ。
これは、思いがけない新しい自分発見につながっていきました。
(221~222頁)

私も、このブログを書くことによって、
「青春を長生きする」ことができているように感じる。
「同じことのくり返しのように思える平凡な毎日」を新鮮な目で見つめ直すことができているように思う。


この『小さな恋のものがたり』を教えてくれた私の元カノも、
(別れから一度も会っていないし、その後の消息も知らないが)
もう立派なおばあさんになっていることだろう。
その後も『小さな恋のものがたり』を読み続けたのだろうか?
本棚に全46巻を揃えているだろうか?
と、考えた。
できうることならば、私と彼女の4年間も、
「小さな恋のものがたり」として心の本棚に収めてあると嬉しいのだが……

この記事についてブログを書く
« 『6days 遭難者たち』(安田... | トップ | 佐賀バルーンフェスタを天山... »