
映画『渾身 KON-SHIN』が(2013年)1月12日(土)より公開されている。
公開以前より、見たいと思っていた作品である。
何故か?
それは、原作が、川上健一だったから……
私にとって、
「新刊書が出たら、すぐに読む」
という作家は、そう多くはない。
川上健一は、その数少ない作家の一人。
小説『渾身』(2007年刊)も、
刊行された年にすでに読んでいる。
川上健一の何がそんなに好いのか?
紹介がてらに、2冊の本を採り上げてみたいと思う。
1冊目は、『ビトウィン』(集英社2005.3刊)。

小説ではなく、エッセイ。
刊行されてすぐに読み、レビューを書いている。
1990年、『雨鱒の川』を刊行後、川上健一は執筆から遠ざかる。
そして、2001年、11年ぶりの作品『翼はいつまでも』を刊行し、復活する。
この11年の間に何があったのか?
本書でそれが解き明かされる。
小説を書かなくなった直接の原因は、肝臓を壊して無気力になったから。
飲み過ぎとストレス。
入院しなければいけないというほどではないが、熱っぽくて、だるくて、気分が悪くて、つまるところは何もする気がおきない。
「引っ越せるんだったら、涼しいところの方が身体は楽だよね」
という医者の一言で、八ヶ岳南麓の高原の村に引っ越した。
ついでにストレスを断ち切るべく仕事をしないことにした。
長くて1年で復帰できるだろうとタカをくくっていた。
それが10年あまりも続いてしまったというのだ。
貧乏に嫌気がさして一念発起することもなく、
それどころが仕事をしない毎日が楽しくて仕方がない。
引っ越したとき、著者は独身だった。
1949年生まれだから、このときもう40歳を過ぎていたはずだ。
《私はいわゆるかっこいい男ではないし、あれやこれやの男として魅力があるわけでもない。才能があってバリバリ仕事をすタイプではないし、だから金持ちでもない。性格が明るくて楽しいとか、頑張り屋とか、やさしいとか、真面目とか、包容力があるとか、そういう大人の男の魅力を持ち合わせているかとなると、まるで自信がない》
そんな彼のもとに16歳も歳の離れた「妻」が家出をしてまで押しかけてくる。
彼女がやってきたことで、三度の食事をきちんととるようになり、健康的な生活となる。
肝臓の数値も正常値に下がり、どこもかしこも正常になった。
すると小説を書き始めたか、というと、書かないのである。
作者いわく「慢性的手元不如意」の生活に慣れてしまっていたのだ。
一人娘(愛称「ヅキ」ちゃん)も産まれ、妻と娘との三人の生活がより楽しくなった。
釣りをしたり、松茸を採りに行ったり、大工仕事をしたり、村議選挙の事務長をしたり、その合間に締め切りのない小説を書いたり――。
田舎暮らしにずっぽりとハマり、貧乏生活を楽しむ。
妻もズキちゃんも、著者以上に「その日暮らし」を楽しんでいる。
本著は、このビトウィン生活(すなわち、仕事をしない間の生活)を描いているのだ。
村の仲間たち、ブレーキ長田、師匠またひろし、ジャンパー横井、高市男爵、ラビット有野など(それぞれの名前の由来が実に面白い!)と繰り広げるドタバタが可笑しいし、妻やヅキちゃんとのやりとりも微笑ましい。
とくにズキちゃんの存在が、きらきら輝いている。
本書には、14の話が収録されている。
どれも笑って、泣いて、感動する話ばかりだ。
私はとくに「小さな駅」が好きだ。
不覚にも涙を流してしまった。
名作『翼はいつまでも』のメイキングにもなっている『ビトウィン』は、
読む者をも幸せにしてくれる、初夏に読むにふさわしい一冊だ。
(2005年5月9日記す)
もう1冊は、当然のことながら、『ビトウィン』つながりで、
『翼はいつまでも』(集英社2001.7刊 )。

これも、拙いレビューがある。
川上健一の『翼はいつまでも』をまだ読んでいない人がいたら、幸せである。
なぜなら、
初めて読んだときの感動をこれから味わうことができるから……
本書をすでに読んだことがある人がいたなら、幸せである。
なぜなら、
二度、三度と読み返し、何度も「美しい夏」を体験することができるから……
夏になると、私は『翼はいつまでも』を読みたくなる。
初恋と友情。
少年と少女の永遠のひと夏――。
たまらず今年も読んでしまった。
そしてまた涙を流した。
青森県の中学2年生、神山は補欠の野球部員。
平凡な生徒。
平凡な日常。
だが、ある日初めて聞いたビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」が、さえない彼の人生を変えた。
聞き覚えてクラスで歌い、彼はクラスで認められた。
斉藤多恵からも声をかけられ初恋の思いを抱く。
やがて3年生になった。
そして、夏休み。
野球大会。
十和田湖への一人旅。
憧れの多恵との交流。
さまざまなトラブルが彼を襲う。
だが彼には素晴らしい仲間がいた。
ビートルズがくれた勇気もある――。
小説の後半は涙なくしては読めない。
頬を濡らしたまま読み終える。
この作品のなかには、思い出の夏がある。
読むことによってしか得られない、美しい奇跡の夏がある。
(2005年7月20日記す)
と、まあ、川上健一の紹介が長くなったが、
それほど、「作品が魅力的」ということだ。
映画『渾身 KON-SHIN』の原作になった小説もしかり……

島(隠岐)に暮らす多美子(伊藤歩)は、

夫の英明(青柳翔)と、

英明の前妻で、亡き親友・麻里の忘れ形見である娘・琴世と幸せに暮らしていた。

かつて、親の決めた婚約者との結婚を破談させ、
麻里と駆け落ち同然に島を出た英明は、
親からも勘当され、
古くからの因習が残る島の人たちの厳しい目に合うことも覚悟の上で、
再び島で生きる事を決意。
日々黙々と相撲の稽古に励むのだった。
そして、今日は20年に一度の遷宮相撲大会の日。
島に暮らす誰もが大切にしているその相撲大会。

地元の皆から認められ、最高位の正三役大関に選ばれた英明は、

地区の名誉と、家族への想いを賭けて、ついに土俵に上がる。

対戦相手は、島いちばんの実力者。
喜びと不安を胸に多美子と琴世、そして英明、
それぞれの想いをのせ、生涯一度の大一番の幕が切って落とされる――

この映画の素晴らしいところは、
正攻法でグイグイと攻めているところ。
横へ飛んだり、はたいたり……というようなことは一切せず、
愚直なまでに、前へ前へと押し進む。
そこが清々しく、美しい。

鍛え上げられた生身の肉体のぶつかり合いと、
土俵上に飛び交う2トン余の塩を要しての熱狂的な応援合戦は、
大迫力で見応えあり。


監督は、『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』(2010年)の錦織良成。
これまで主に自身の出身地である島根県を舞台にした作品を多く手掛けてきたが、
本作もまた島根県(隠岐諸島)が舞台。
郷土愛に溢れた素晴らしい作品を創り上げた。
英明を演ずる青柳翔。
1985年4月12日生まれ。
劇団EXILEのメンバー。
演技力はまだまだであるが、
鍛え上げた肉体、そしてその存在感がピカイチであった。


多美子役の伊藤歩。
ミュージシャンでもあるし、
現代的な女性という感じがするが、
この映画では、
どちらかというと、やや古風な日本女性を演じていて、
そしてそれがピタッとハマっていて、実に素晴らしかった。

〈伊藤歩って、こんなに素敵な女優だったか……〉
とあらためて思わせられ、すっかり彼女に魅了されてしまった。
伊藤歩という女優の、その人生でいちばん美しい瞬間が、
この作品の中に封じ込められている。
それは、とても幸運で、幸福なこと。
本作は、彼女の代表作になるに違いない。

それほど有名とは言えない主人公の2人を、
長谷川初範、宮崎美子、中本賢、隆大介、高橋長英、真行寺君枝、松金よね子、桜木健一、上田耕一、不破万作、甲本雅裕、笹野高史、中村嘉葎雄、財前直見など、
ベテランの共演陣がしっかり支えていて、それが好もしかった。


大迫力の隠岐古典相撲と、
隠岐諸島の美しい風景、
そして、家族愛……
当初、地味な作品と思ったが、
華やかさも併せ持った、私好みの佳作であった。
公開以前より、見たいと思っていた作品である。
何故か?
それは、原作が、川上健一だったから……
私にとって、
「新刊書が出たら、すぐに読む」
という作家は、そう多くはない。
川上健一は、その数少ない作家の一人。
小説『渾身』(2007年刊)も、
刊行された年にすでに読んでいる。
川上健一の何がそんなに好いのか?
紹介がてらに、2冊の本を採り上げてみたいと思う。
1冊目は、『ビトウィン』(集英社2005.3刊)。

小説ではなく、エッセイ。
刊行されてすぐに読み、レビューを書いている。
1990年、『雨鱒の川』を刊行後、川上健一は執筆から遠ざかる。
そして、2001年、11年ぶりの作品『翼はいつまでも』を刊行し、復活する。
この11年の間に何があったのか?
本書でそれが解き明かされる。
小説を書かなくなった直接の原因は、肝臓を壊して無気力になったから。
飲み過ぎとストレス。
入院しなければいけないというほどではないが、熱っぽくて、だるくて、気分が悪くて、つまるところは何もする気がおきない。
「引っ越せるんだったら、涼しいところの方が身体は楽だよね」
という医者の一言で、八ヶ岳南麓の高原の村に引っ越した。
ついでにストレスを断ち切るべく仕事をしないことにした。
長くて1年で復帰できるだろうとタカをくくっていた。
それが10年あまりも続いてしまったというのだ。
貧乏に嫌気がさして一念発起することもなく、
それどころが仕事をしない毎日が楽しくて仕方がない。
引っ越したとき、著者は独身だった。
1949年生まれだから、このときもう40歳を過ぎていたはずだ。
《私はいわゆるかっこいい男ではないし、あれやこれやの男として魅力があるわけでもない。才能があってバリバリ仕事をすタイプではないし、だから金持ちでもない。性格が明るくて楽しいとか、頑張り屋とか、やさしいとか、真面目とか、包容力があるとか、そういう大人の男の魅力を持ち合わせているかとなると、まるで自信がない》
そんな彼のもとに16歳も歳の離れた「妻」が家出をしてまで押しかけてくる。
彼女がやってきたことで、三度の食事をきちんととるようになり、健康的な生活となる。
肝臓の数値も正常値に下がり、どこもかしこも正常になった。
すると小説を書き始めたか、というと、書かないのである。
作者いわく「慢性的手元不如意」の生活に慣れてしまっていたのだ。
一人娘(愛称「ヅキ」ちゃん)も産まれ、妻と娘との三人の生活がより楽しくなった。
釣りをしたり、松茸を採りに行ったり、大工仕事をしたり、村議選挙の事務長をしたり、その合間に締め切りのない小説を書いたり――。
田舎暮らしにずっぽりとハマり、貧乏生活を楽しむ。
妻もズキちゃんも、著者以上に「その日暮らし」を楽しんでいる。
本著は、このビトウィン生活(すなわち、仕事をしない間の生活)を描いているのだ。
村の仲間たち、ブレーキ長田、師匠またひろし、ジャンパー横井、高市男爵、ラビット有野など(それぞれの名前の由来が実に面白い!)と繰り広げるドタバタが可笑しいし、妻やヅキちゃんとのやりとりも微笑ましい。
とくにズキちゃんの存在が、きらきら輝いている。
本書には、14の話が収録されている。
どれも笑って、泣いて、感動する話ばかりだ。
私はとくに「小さな駅」が好きだ。
不覚にも涙を流してしまった。
名作『翼はいつまでも』のメイキングにもなっている『ビトウィン』は、
読む者をも幸せにしてくれる、初夏に読むにふさわしい一冊だ。
(2005年5月9日記す)
もう1冊は、当然のことながら、『ビトウィン』つながりで、
『翼はいつまでも』(集英社2001.7刊 )。

これも、拙いレビューがある。
川上健一の『翼はいつまでも』をまだ読んでいない人がいたら、幸せである。
なぜなら、
初めて読んだときの感動をこれから味わうことができるから……
本書をすでに読んだことがある人がいたなら、幸せである。
なぜなら、
二度、三度と読み返し、何度も「美しい夏」を体験することができるから……
夏になると、私は『翼はいつまでも』を読みたくなる。
初恋と友情。
少年と少女の永遠のひと夏――。
たまらず今年も読んでしまった。
そしてまた涙を流した。
青森県の中学2年生、神山は補欠の野球部員。
平凡な生徒。
平凡な日常。
だが、ある日初めて聞いたビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」が、さえない彼の人生を変えた。
聞き覚えてクラスで歌い、彼はクラスで認められた。
斉藤多恵からも声をかけられ初恋の思いを抱く。
やがて3年生になった。
そして、夏休み。
野球大会。
十和田湖への一人旅。
憧れの多恵との交流。
さまざまなトラブルが彼を襲う。
だが彼には素晴らしい仲間がいた。
ビートルズがくれた勇気もある――。
小説の後半は涙なくしては読めない。
頬を濡らしたまま読み終える。
この作品のなかには、思い出の夏がある。
読むことによってしか得られない、美しい奇跡の夏がある。
(2005年7月20日記す)
と、まあ、川上健一の紹介が長くなったが、
それほど、「作品が魅力的」ということだ。
映画『渾身 KON-SHIN』の原作になった小説もしかり……

島(隠岐)に暮らす多美子(伊藤歩)は、

夫の英明(青柳翔)と、

英明の前妻で、亡き親友・麻里の忘れ形見である娘・琴世と幸せに暮らしていた。

かつて、親の決めた婚約者との結婚を破談させ、
麻里と駆け落ち同然に島を出た英明は、
親からも勘当され、
古くからの因習が残る島の人たちの厳しい目に合うことも覚悟の上で、
再び島で生きる事を決意。
日々黙々と相撲の稽古に励むのだった。
そして、今日は20年に一度の遷宮相撲大会の日。
島に暮らす誰もが大切にしているその相撲大会。

地元の皆から認められ、最高位の正三役大関に選ばれた英明は、

地区の名誉と、家族への想いを賭けて、ついに土俵に上がる。

対戦相手は、島いちばんの実力者。
喜びと不安を胸に多美子と琴世、そして英明、
それぞれの想いをのせ、生涯一度の大一番の幕が切って落とされる――

この映画の素晴らしいところは、
正攻法でグイグイと攻めているところ。
横へ飛んだり、はたいたり……というようなことは一切せず、
愚直なまでに、前へ前へと押し進む。
そこが清々しく、美しい。

鍛え上げられた生身の肉体のぶつかり合いと、
土俵上に飛び交う2トン余の塩を要しての熱狂的な応援合戦は、
大迫力で見応えあり。


監督は、『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』(2010年)の錦織良成。
これまで主に自身の出身地である島根県を舞台にした作品を多く手掛けてきたが、
本作もまた島根県(隠岐諸島)が舞台。
郷土愛に溢れた素晴らしい作品を創り上げた。
英明を演ずる青柳翔。
1985年4月12日生まれ。
劇団EXILEのメンバー。
演技力はまだまだであるが、
鍛え上げた肉体、そしてその存在感がピカイチであった。


多美子役の伊藤歩。
ミュージシャンでもあるし、
現代的な女性という感じがするが、
この映画では、
どちらかというと、やや古風な日本女性を演じていて、
そしてそれがピタッとハマっていて、実に素晴らしかった。

〈伊藤歩って、こんなに素敵な女優だったか……〉
とあらためて思わせられ、すっかり彼女に魅了されてしまった。
伊藤歩という女優の、その人生でいちばん美しい瞬間が、
この作品の中に封じ込められている。
それは、とても幸運で、幸福なこと。
本作は、彼女の代表作になるに違いない。

それほど有名とは言えない主人公の2人を、
長谷川初範、宮崎美子、中本賢、隆大介、高橋長英、真行寺君枝、松金よね子、桜木健一、上田耕一、不破万作、甲本雅裕、笹野高史、中村嘉葎雄、財前直見など、
ベテランの共演陣がしっかり支えていて、それが好もしかった。





大迫力の隠岐古典相撲と、
隠岐諸島の美しい風景、
そして、家族愛……
当初、地味な作品と思ったが、
華やかさも併せ持った、私好みの佳作であった。