一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『孤狼の血 LEVEL2』…前作より劣るが、女優のキャスティングは悪くない…

2021年08月25日 | 映画


2018年に公開された映画『孤狼の血』の続編である。
3年前に映画『孤狼の血』のレビューを書いたとき、私は、
……役所広司のどぐされ感が圧倒的な白石和彌監督の最高傑作……
とのサブタイトルを付して絶賛した。
レビューの一部を引用する。

原作は、美しき作家・柚月裕子。


このブログ「一日の王」では、『慈雨』という小説のレビューを書いているが、
もともと好きな作家なので、『孤狼の血』もすでに読んでいた。



『仁義なき戦い』シリーズにインスパイアされて書かれた小説で、
いつかは映画化されるだろうと思っていたが、
『仁義なき戦い』シリーズの東映が名乗りを上げ、
白石和彌が監督するとは、嬉し過ぎる。
脚本は、『日本で一番悪い奴ら』の脚本も手掛けた池上純哉。
音楽も、『日本で一番悪い奴ら』に参加していた安川午朗。
役所広司が主演を務め、
松坂桃李、真木よう子、滝藤賢一、田口トモロヲ、石橋蓮司、江口洋介、竹野内豊、中村獅童、ピエール瀧、中村倫也、阿部純子など、共演陣にも期待が持てる。


(中略)

のっけからの凄いシーンにのけ反りそうになる。(笑)
なにか食べながら見ていた人は、吐きそうになるのではないだろうか……
だから、飲食しながらの鑑賞は止めた方が無難だと思う。
冒頭からそれくらいのインパクトがある。

映画を見に行かない人に、
「なぜ行かないのか?」
と訊くと、
「2~3年すればTVでタダで観ることができるから……」
と答える人が多い。
だが、この映画『孤狼の血』は無理だろう。
TVでは到底見ることのできない映像だからだ。

このファーストシーンを試写で見て、役所広司は吹き出したという。
愉快だったからではない。逆だ。


いやあもう、エグくてエグくて(笑)。いきなりこんなシーンから始めるか! と思ったら笑えてきちゃってね。この映画、テレビに買ってもらう気はさらさらないんだな、と。そんな潔さに、“おお! やった!”みたいな気持ちについついなってしまいまして(笑)。(「キネマ旬報」2018年5月下旬号)

白石和彌監督もこう語る。

東映からも、かつての実録ヤクザ映画の頃の熱気を取り戻したい。振り切った演出を、というオーダーだったので。(「キネマ旬報」2018年5月下旬号)

この冒頭のシークエンスは、実は、原作にはない。
原作は、完成度の高い作品で、とても面白い小説であった。
単なる『仁義なき戦い』の焼き直しではなく、
トリックも用いており、ミステリーとしても一級品であった。
だが、脚本を担当した池上純哉はこの原作を一旦壊し、再構築している。
そこに白石和彌監督の演出が加わり、
原作にはなかったエグさやグロさがプラスされ、
東映映画らしいテイストになっている。
冒頭のシーンで心をわしづかみにされ、
後は引っ張られるように物語の中へ引きずり込まれる。
〈原作を読んでいるので、面白味が薄れるかな~〉
と危惧していたが、
まったくそんなことはなくて、
原作を読んでいる方が(読んでいたからこそ)、より楽しめたような気がする。



「呉原東署・捜査二課・暴力団係・班長」の大上章吾を演じた役所広司。


原作では、ダーティーながらもカッコイイ刑事であったが、
映画で役所広司が演ずる“ガミさん”は、
原作よりも“どぐされ”感や、“エロ”感が増しており、
尋常ではない“暑苦しさ”と“男臭さ”が感じられた。
『渇き。』(2014年)の元刑事役のときも凄かったが、
本作『孤狼の血』には『渇き。』にはなかったダンディズムが感じられ、
とても魅力的だった。
どんな役をやってもその役の人物に思えてしまう演技力と存在感は圧倒的で、
役所広司ありきの『孤狼の血』であったと思う。
役所広司を主役にキャスティングできた時点で、
この映画が良いものになるということがほぼ決定したと言っていいだろう。



長々と引用したが、
かように私は前作『孤狼の血』を褒め称えているのだ。
続編となる『孤狼の血 LEVEL2』はどのような作品に仕上がっているのか?
ワクワクしながら映画館へ向かったのだった。



伝説の刑事・大上章吾(役所広司)の死から3年。
彼の遺志を継いだ日岡秀一(松坂桃李)は、
大上に代わって暴力団組織とつながりを持ちながら、
目的の為には違法な捜査方法も厭わず、広島の治安を守ってきた。


しかし、そんなとき、
かつて彼が壊滅に追い込んだ呉原最大の暴力団「五十子会」の残党・上林成浩(鈴木亮平)が刑務所から出所する。


その直後、上林が服役していた徳島刑務所の刑務官・神原憲一(青柳翔)の妹・神原千晶(筧美和子)が殺される事件が発生する。


日岡は広島県警本部からその捜査に招集され、
定年間近の瀬島孝之(中村梅雀)とコンビを組むことになる。


かつて自分を拾ってくれた先代の五十子会会長・五十子正平(石橋蓮司)のことを、
本当の親のように慕っていた上林は、


今や、広島仁正会のもと、土地の売買などのビジネスで金儲けをする組織に成り下がっていた五十子会に激しく反発し、
仲間であるはずの仁正会や二代目五十子会の面々を次々と惨殺していく。


さらに、五十子会から独立し上林組の組長に収まった彼は、
再び尾谷組との抗争を仕掛けようと動きはじめる。
殺人事件の捜査が遅々として進まない中、
日岡は上林が過去に起こした事件と、今回の事件に共通点を発見する。
しかしそれは状況証拠でしかなく、逮捕に踏み切るには不十分なものだった。


そこで日岡は、上林組にスパイとして潜入させている近田幸太、通称チンタ(村上虹郎)に、
上林を探らせることにする。
なかなか決定的な情報がつかめない一方で、
チンタは組の奥深くへと取り込まれ、引き返せない底なし沼に足を取られてしまう。


日岡がなんとか維持してきた危うい秩序が、
圧倒的“悪魔”=上林の存在によって壊され、
日岡は絶体絶命の窮地に追い込まれていくのだった……




前作『孤狼の血』のレビューで、私は、
続編の予想を次のように記した。

柚月裕子は、『孤狼の血』の続編とも言うべき『凶犬の眼』をすでに書き上げ、
今年(2018年)の3月30日に刊行している。



『凶犬の眼』の主人公は日岡秀一である。
そう、大上章吾から日岡秀一にバトンタッチされたのだ。
(何故かは小説『孤狼の血』を読むか、映画『孤狼の血』を見れば解る)
もし、映画『孤狼の血』の続編が制作されるとすれば、
主役は日岡秀一、つまり松坂桃李ということになる。



この予想は、半分は当たり、半分は外れた。
主役は日岡秀一(松坂桃李)であったが、
小説の続編『凶犬の眼』を原作とはしておらず、
『孤狼の血』から3年後を描いた完全オリジナルストーリーだったのだ。
だからか、物語の構図が単純で、
話は分りやすいものの、深みに欠ける作品になっていた。
脚本を担当したのは、前作と同じ池上純哉なのだが、
前作が、原作を一旦壊し、再構築しているのに対し、
本作は、面白さ優先で、都合の良い組み立てになっていて、
〈そんなバカな!〉
と思うところが多々あった。


先程、「主役は日岡秀一(松坂桃李)」と書いたが、
本作では、むしろ上林成浩(鈴木亮平)が主役になってしまっている。
それは、日岡を含め、上林以外のキャラが弱いからで、
上林のキャラのみが突出し、目立っているからである。
バランスがとれていない。
広島仁正会・会長の綿船陽三(吉田鋼太郎)も、


広島仁正会・理事長の溝口明(宇梶剛士)も、


二代目五十子会・会長の角谷洋二(寺島進)も、


パールエンタープライズ・社長の吉田滋(音尾琢真)も、


故・五十子正平(石橋蓮司)の妻の五十子環(かたせ梨乃)も、


尾谷組・若頭の橘雄馬(斎藤工)も、


単細胞のバカにしか見えず、
上林成浩(鈴木亮平)が、これら上層部にいる人物を脅し、殺し、
出所直後にあれよあれよという間に裏社会で昇りつめていく姿に唖然としてしまった。


〈そんなバカな!〉
である。
主役である筈の日岡秀一(松坂桃李)も、
「暴力団組織とつながりを持ちながら、目的の為には違法な捜査方法も厭わず、広島の治安を守ってきた」という人物には見えず、
ただの優男(やさおとこ)にしか見えないところも痛い。


ここへきて、大上章吾(役所広司)の偉大さにあらためて気づかされるのである。


「Yahoo!映画」のユーザーレビューなど見ると、
「鈴木亮平が恐すぎる」
「鈴木亮平の怪演」
「鈴木亮平の圧倒的な存在感」
など、鈴木亮平を持ち上げるコメントが多いが、
あの程度では、まだまだである。
シロウトさんは騙せても、
長く人生をやってきた人たちや、長く映画を見てきた人たちを騙すことはできない。


そして、本当に恐いのは、
あのような「いかにも」な男ではなく、
ニコニコしたおじさんやおばさんなのである。
そういう意味では、
定年間近に捜査一課に異動となり、
日岡の相棒として、ピアノ講師殺害事件の捜査にあたる瀬島孝之(中村梅雀)や、


その妻で、難病の子供を失った経験を持ち(という設定の)、
夫とコンビを組む日岡を手料理でもてなし、温かく迎え入れる瀬島百合子(宮崎美子)が、
真に恐い人物なのではないかと思われる。


白石和彌の傑作『凶悪』(2013年)で、
真に恐かったは、強面のピエール瀧ではなく、
そこらへんにいるおじさん風なリリー・フランキーだったのと同じように。


昔から、「恐いは優しい、優しいは恐い」とよく言われるが、
恐い顔の人には優しい人が多く、
優しくてニコニコしている人物ほど恐く、要注意なのである。(笑)


無駄で場違いなカーアクションを含め、
ダラダラと長いばかりで、(上映時間139分)
白石和彌監督はまだ低迷期を脱しているとは言えない。


『凶悪』(2013年)
『日本で一番悪い奴ら』(2016年)
『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017年)
『サニー/32』(2018年)
『孤狼の血』(2018年)
と傑作が続いたが、
『止められるか、俺たちを』(2018年)
以降は、イマイチの作品が続いている。
『凪待ち』(2019年)
『ひとよ』(2019年)
のレビューでも書いたが、
本作『孤狼の血 LEVEL2』も、私自身は、
白石和彌監督が「より高みへ昇るための過渡期の作品」と捉えているので、
今後の作品に期待したいと思う。



ここまで不満ばかりを述べてきたが、
(私にとって)良かったこと、嬉しかったこと、驚いたことなどを記しておきたい。
その第一は、原作者の柚月裕子がカメオ出演していたこと。
スナックのママの役で、和服で登場するのだが、
その色っぽかったこと。(コラコラ)
イメージ的にはこんな感じ。



「スタンド 華」のママで、チンタの姉・近田真緒を演じた西野七瀬。


アイドルグループ・乃木坂46の元メンバーである西野七瀬に、
重要なこの役をやらせたのは評価に値する。


演技においてはまだまだであるが、
「いかにも」な場末のママ風な女優よりも、
清潔感があり凛とした佇まいの西野七瀬が演じることで、
これまであまり見たことのない景色を見ることができた。


オファーをいただいた時は何かの間違いなんじゃないかと、とてもびっくりしました。でも本当に嬉しかったので、参加するからにはできること全部やりたいなと思って演じました。髪色もですし、人の頭を叩くのも初めてで本気で叩きました(笑)真緒という役を演じることで、自分自身も何か変われたらいいなと思い挑戦することができた作品です。

と語っていたが、西野七瀬にとっても、
女優としてステップアップできる役であったに違いない。



徳島刑務所刑務官・神原憲一(青柳翔)の妹で、ピアノ教室講師・神原千晶を演じた筧美和子。
神原憲一の家族であることから逆恨みされ、
上林と組員により惨殺される役であったのだが、
出演シーンは短いものの、見る者に鮮烈な印象を残した。

もともと白石監督の作品が大好きで、中でも『孤狼の血』は衝撃的な作品でした。自分の中に響いて残っていた作品なので、続編のオファーをいただいて、うれしさと不安がどちらもありましたが、とても刺激的な現場を経験させていただきました。“恐怖をどういう風に出せるか”を大事にしていたので、研究を重ねた絶叫と悲鳴に注目してほしいと思います。

と語っていたが、
これから女優として飛躍する可能性が感じられた演技であったと思う。
グラビアアイドル出身の女優は、軽く見られがちだが、
小池栄子、佐藤江梨子、MEGUMI、井川遥、酒井若菜など、
女優として評価が高く、成功している人が案外多いのだ。



瀬島孝之刑事の妻・瀬島百合子を演じた宮崎美子。
宮崎美子こそが、グラビアアイドル出身の女優の元祖とも言えるが、(コラコラ)
彼女の女優としての評価は、私の中ではかなり高い。
李相日監督の傑作『悪人』(2010年)のレビューで、

ノーメイクの宮崎美子に驚いた。
すっかり、どこにでもいるおばさんの顔になっていた。
あのTVのクイズ番組で活躍している宮崎美子はどこにもいなかった。
2008年に公開された映画『きみの友だち』や、今年公開された『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』の演技も素晴らしかったが、この『悪人』でもそれにも増して素晴らしい演技をしていた。


と書いたのだが、
あのときを彷彿させる演技であったと思う。
出演シーンは短いものの、映画鑑賞後に、
〈真の“悪人”は彼女ではないか……〉
と、私に思わせた。
もし、『孤狼の血』シリーズの3作目があるとしたら、
宮崎美子をぜひキャスティングしてほしいと切に願う。



『孤狼の血 LEVEL2』は、
前作より劣るものの、
今後も見ていきたいシリーズであることには違いなく、
シリーズ3作目にも、白石和彌監督作品にも、大いに期待している。

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