私自身のための第1回「一日の王」紅白歌合戦の、
対戦10組目は、「悲しみ」対決。
紅組は、アン真理子「悲しみは駆け足でやって来る」。
白組は、ザ・フォーク・クルセダーズ「悲しくてやりきれない」。
アン真理子と言っても、若い人はほとんど知らないのではないだろうか?
私が高校受験の勉強をしていた中学3年生の頃(昭和44年頃)、
ラジオの深夜放送でよく流れていた曲で、
この曲を聴くと、あの時代のことを思い出す。
アン真理子は、1945年生まれ。
日劇のダンサー兼コーラス員として、デビューし、
その後、平岡精二クインテット等のソロ歌手となる。
1966年、東京ヒルトンホテルのスター・ヒル・プラザに出演していたときに、
出門ヒデと「ユキとヒデ」を結成。
翌1967年、デビューシングルをリリース。
「ユキとヒデ」としての活動と平行して、ソロ歌手・藤ユキとしても活動。
1968年、「ユキとヒデ」解散。藤ユキ名義の活動は続行。
(ヒデの方は同年、「ヒデとロザンナ」を結成)
1969年、ソロ名義もアン真理子と改称、
再デビュー曲「悲しみは駈け足でやってくる」がヒットし、一躍有名になる。
「悲しくてやりきれない」は、
ザ・フォーク・クルセダーズ(加藤和彦、北山修、はしだのりひこ)の、
2枚目のシングルとして1968年3月21日に発売された。
当初2枚目のシングル曲として予定されていた「イムジン河」が発売自粛となったため、
それに代わる曲として制作された。
当時パシフィック音楽出版会長だった石田達郎から、
「イムジン河」に代わる新曲を急遽作曲するよう強要され、
会長室に3時間缶詰にされたときに作ったという。
これに関して、加藤和彦は、
「フジパシフィックの会長室に、ギターだけ渡され、3時間で作曲を依頼され、部屋に鍵をかけられて軟禁状態だった(笑)。しょうがないから適当に遊んで、最後の2〜30分ぐらいで曲を作ってカセットに吹き込んだんですよ。」
と、語っており、さらに
「その出来立ての曲を持って、そのままサトウハチロー宅へタクシーで向かった。本人とは初対面だったが、とくに曲の打合せはしなかった。1週間ほどで詞が自宅へ送られてきた。歌詞を見ると『悲しくてやりきれない』…。こんな詞で、いいんだろうかと思ったが、歌ってみると、曲に語句がぴたっと合っていて驚いた」
と告白している。
2004年の井筒和幸監督製作の映画『パッチギ!』では、
「イムジン河」や同曲などの音楽が、物語のテーマの根幹を成していた。
2016年公開の片渕須直監督のアニメ映画「この世界の片隅に」でも、
コトリンゴによるカバーがオープニング曲として使用されているが、
こちらは今ひとつであった。(個人的感想です=コチラを参照)
ザ・フォーク・クルセダーズは、
加藤和彦は2009年10月16日に亡くなり、(自死・享年62歳)
はしだ のりひこも2017年12月2日に亡くなり、(パーキンソン病・享年72歳)
現在は、北山修(1946年6月19日~)だけになってしまった。
※アン真理子「悲しみは駆け足でやって来る」(1969年7月発売)
※ザ・フォーク・クルセダーズ「悲しくてやりきれない」(1968年3月発売)
(1968年2月27日渋谷公会堂ライヴ録音)