一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

元越山……愛されている山は輝いて見える……

2008年07月13日 | 山岳会時代の山行
多くの人々に愛されている芸能人は光り輝いている。
実に魅力的だ。
愛され、注目されることにより、その魅力は一段と輝きを増す。
芸能人に限らず、学校や職場においても、皆から(いや、一人からでも)愛されている人は、常に輝いている。
思われること、見つめられることによって、その人の魅力は一層磨かれていく。
生命力のようなものが湧き出てきて、イキイキとしてくる。
その人のそばにいるだけで、周囲の人も楽しくなってくる。
「山」についても同じことが言えるのではないだろうか?
「愛されている山は輝いて見える」
元越山に登り、私はそのことを強く実感した。

からつ勤労者山岳会の7月の月例山行は、大分県佐伯市にある「元越山」(もとごえさん)。
標高581.5m。
九州百名山に指定されており、「地球が丸く見える山」として有名だ。
正直、7月の月例山行が元越山と知った時、ちょっと落胆した覚えがある。
夏の暑い日に、何故、片道4時間もかけて遠くの低山に出掛けなければならないのか――と。
だが、「山岳会会員のアンケート結果の集計に基づいて計画された月例山行なのだ。何かしら素晴らしいものを持っている山に違いない…」と思い直した。
夏になると、「北アルプスだ」「南アルプスだ」「北海道の山だ」と、周囲が騒がしくなってくる。
夏はやはり北国の山や標高の高い山を誰もが目指す。
この猛暑の時期に、ボッカ訓練以外の目的で、低山に登る人はあまりいないだろう。
いつもは30名を越す参加者がある我が山岳会の月例山行だが、今回の元越山は21名。
7月20日からの北海道遠征には24名が参加するというのに――ちょっと寂しい気がした。

唐津を午前5時に出発したマイクロバスが、多久ICに5時55分に着いた。
ここで、私を含む3名が乗り込み、計21名を乗せたバスは、一路大分県佐伯市に向かって、高速道路を走り出した。
早朝は曇っていたが、次第に晴れてきた。
途中、由布岳が見えた。


9時21分、元越山登山口に着いた。
すぐに登山の準備をする。


元越山――これほど地元の人たちに愛されている山も珍しい。
それは、登山口の様子を見るだけですぐに分かる。
かつては畑だったと思われる無料の駐車場(私たちが登った日には地元の方が草刈りをされていた)。
記帳ボックス、杖、水洗トイレ、道標など、登山者を迎える準備がすべて整っている。
登山口はその山の玄関だ。
これほど歓迎ムードにあふれた登山口はそうあるものではない。


記帳ボックスの中には、登山者名簿の他に、山を詳しく紹介したパンフレットなどが入っていた。


9時32分、登山口を出発。
登山道の両側にはシダ植物が多い。


9時57分、第1回目の休憩。
ちょっと歩いただけなのに、汗が噴き出してくる。
衣服調整、水分補給。


シダ植物に覆われた登山道をひたすら進む。
なにやら熱帯地方を歩いているような雰囲気だ。
展望はほとんどない。


10時24分、2回目の休憩。
もう、バケツで水をかぶったような状態。
本当に暑い。


登山口から1時間ほどで、林道に出る。


ここからは、少しの間、展望が得られる。


しかしすぐに左斜面から再び山道に入って行く。


登山道にはいくつもの道標があり、道に迷うことはない。
山頂まで1000mを切ると、100m毎に道標がある。


それにしても、シダ植物の多さには驚かされる。


山頂までもう一息。
短い時間なのに、皆、けっこうバテている。


11時10分、元越山山頂に到着。


遠くが少し靄っているが、なかなか素晴らしい眺めだ。


山頂には、2000年に建てられた石碑「元越山頂展望図」がある。
山頂から見た東、西、南、北の山、海、島、岬が刻まれている。
天井部分には、明治の文豪・国木田独歩の文章も刻まれている。


山巓に達したるときは四囲の光景余りに美に、
余りに大に、余りに全きがため感激して涙下らんとしぬ。
ただ名状し難き鼓動の心底に激せるを見るなり、
太平洋は、東にひらき、北は四国の地、
手にとるがごとく近くに現われ、西及び南はただ見る山の背に山起り、
山の頂きに山立ち、波のごとく潮のごとくその壮観無類なり。
最後の煙山ついに天外の雲に入るがごときに至りては…


国木田独歩は、明治26年、23歳の時に、鶴谷学館教師として10ヵ月余り佐伯に滞在した。
その滞在中、元越山には二度登ったという。
上記の文章は、独歩の『欺かざるの記』から引用されている。
山頂からの眺めが、独歩の尊敬するイギリスの詩人・ワーズワースの世界と似ていると言い、あまりの美しさに涙を流したとか。
それほどの感受性を持っていた独歩を羨ましく思う。


今、我々が見ている元越山山頂からの眺めは、国木田独歩が見た眺めと同じだろうか?
ちょっと違うような気がする。
手前の植林された木々が大きく育ってきており、視界が狭くなっているのだ。
これから先、樹木がもっと大きくなれば、大絶景とは呼べなくなるのではないだろうか。


11時25分。
山頂は木陰がなかったので、山頂から少し下った場所で昼食。
あまりの暑さに食欲をなくした人もいたようだが、私は食欲旺盛。
凍らせて持ってきたオレンジジュースが、好い具合に溶けてシャーベット状になっていて美味しかった。
サンドイッチや菓子パンを3個も食べた。


昼食が終わると一気に下山。
12時5分に出発し、13時10分には登山口に着いた。
いや~、それにしても暑かった!
季節的に花はほとんど咲いていなかったが、登山口の駐車場にネジバナがひっそり咲いていた。


「元越山は愛されている山だなぁ~」と改めて思う。
登山口、登山道、そして山頂に、地元の方たちの愛の証がある。
暑い中での登山だったが、その愛に励まされ、楽しく登ることができた。
国木田独歩に愛され、地元の人たちに愛され、さらに登った人たちにも愛され、元越山は本当に幸せな山だ。

元越山に登って学んだこと。
それは、「山を愛する」ということ。
愛されている山は幸せだ。
そして、その山に登る登山者も幸せだ。
幸せの連鎖が起こる。
まずは、「山を愛する」こと。
できれば、自宅近くの無名の低山を――。
愛された山は輝いてくる。
つまらないと思っていた山が、まったく知らない一面を見せてくれるようになる。
それは、山の変化というより、登山者自身の心の変化なのかもしれない。
その山を愛することにより、その山からも愛されるようになる。
そして山も幸せになり、登山者も幸せになる。
こうして、全国のすべての山が幸せになってくれたら、どんなにイイだろう。

道の駅「やよい」内にある「やよいの湯」で疲れを癒し、さっぱりしたところで「風連鍾乳洞」へ向かう。


風連鍾乳洞は、臼杵市野津町泊にあり、大正15年に発見された鍾乳洞で、国指定の天然記念物。
洞の奥行きは500m。
「日本で一番美しい」を謳い文句にしている。




洞のいちばん奥に、「竜宮城」と呼ばれる広場がある。
面積15アール。




ここにある大小無数の純白の鍾乳石は、本当に美しかった。


洞内の温度は15度。
涼しくて気持ちよかった。


山も鍾乳洞も、自然が永い年月をかけて創ったものだ。
自然の恵みを享受した一日であった。
素晴らしい一日に、感謝!

コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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そちらのお山も暑かったようで (そよかぜ)
2008-07-15 15:34:28
登ってみたい山ですねえ。
しかし、なかなか遠いみたいですね。
かなり暑かったようで、大変でしたね。
これからは、暑さとの戦いです。

3日のこと、格調高いイベントだと言うことを、皆さまにお伝えくださいまっせ。
お残しは許しません
最後の一筋まで完食する義務があります。
そこのところよろしくです。
なんちゃって
大歓迎で待ってますからね~
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気掛かり (タク)
2008-07-15 20:06:03
そよかぜさんへ

私は夏に生まれたので、暑さには割と強いみたいです。
自分ではあまり自覚がなかったのですが、皆が暑さでへばっている時も、なぜか平気な事が多いのです。
あまり自慢にはなりませんが……。
それにしても元越山は暑かったです。
だから、その後に行った風連鍾乳洞が、とても涼しく感じました。

>これからは、暑さとの戦いです。

そうですね。
7月8月にしか見ることができない花もあるし、皆さんが日本アルプスや北海道の山に登っている隙に、暑さと戦いながら、いろんな花を見たいと思っております。

>お残しは許しません
>最後の一筋まで完食する義務があります。

それは大丈夫だと思います。
ひとつ気掛かりなのは、他の人の分を横取りして食べてしまわないかということです。
迷惑をかけないように、よ~く言い聞かせておきます。
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