本作『夜、鳥たちが啼く』を見たいと思った理由は、三つ。
① 佐藤泰志の小説が原作であること。
② 監督が城定秀夫であること。
③ 脚本が高田亮であること。
北海道函館市出身の佐藤泰志は、
芥川賞候補に5度ノミネートされながら、
41歳で自らの生涯を閉じた夭折の作家。
函館のミニシアター「シネマアイリス」代表・菅原和博氏の舵取りにより、これまでに、
熊切和嘉監督作品『海炭市叙景』(2010年12月18日公開)
呉美保監督作品『そこのみにて光輝く』(2014年4月19日公開)
山下敦弘監督作品『オーバー・フェンス』(2016年9月17日公開)
三宅唱監督作品『きみの鳥はうたえる』(2018年9月1日公開)
斎藤久志監督作品『草の響き』(2021年10月8日公開)
の5本の映画が製作され、それぞれに高い評価を得ている。
佐藤泰志の小説が原作の映画は不思議とハズレがなく、
〈佐藤泰志の小説が原作の映画ならば……〉
という信頼がある。
佐藤泰志の原作の力が呼び寄せるのか、
5本それぞれの監督も、
熊切和嘉、呉美保、山下敦弘、三宅唱、斎藤久志と、
才能があり、魅力ある監督ばかりで、
しかも、5本それぞれに、私の好きな女優も出演していて、
『海炭市叙景』には、谷村美月、
『そこのみにて光輝く』には、池脇千鶴、
『オーバー・フェンス』には、蒼井優、
『きみの鳥はうたえる』には、石橋静河、
『草の響き』には、奈緒
と、「鑑賞する映画は出演している女優で決める主義」の私を大いに楽しませてもくれた。
『夜、鳥たちが啼く』は、「シネマアイリス」企画ではなく、
これまでの“函館発”映画としてではなく、クロックワークスの配給で製作された。
これまでの5作は函館を舞台にしていたが、
今回の『夜、鳥たちが啼く』は、原作の設定にならい、
函館ではなく関東近郊を舞台にしている。
監督は、『アルプススタンドのはしの方』の城定秀夫。
2022年公開の(城定秀夫監督が関わった)作品は、
『愛なのに』(2022年2月25日公開)監督・脚本・編集
『猫は逃げた』(2022年3月18日公開)脚本
『女子高生に殺されたい』(2022年4月1日公開)監督・脚本
『ビリーバーズ』(2022年7月8日公開)監督・脚本
『よだかの片想い』(2022年9月16日公開)脚本
『夜、鳥たちが啼く』(2022年12月9日公開)監督
と、6本もあり、
『愛なのに』をはじめとして私の好きな作品ばかり。
そして、佐藤泰志の小説が原作の映画を2本(『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』)を手がけてきた高田亮が、『夜、鳥たちが啼く』の脚本も執筆している。
高田亮の脚本ならば間違いはない。(それほどの信頼感がある)
原作・佐藤泰志、監督・城定秀夫、脚本・高田亮であれば、
「もう見るしかない!」のである。(笑)
昨年(2022年)12月9日に公開された作品であるが、
佐賀では、2か月遅れの2月3日(1日1回上映)から1週間限定で公開された。
で、先日、ようやく見ることができたのだった。
若くして小説家デビューするも、その後は鳴かず飛ばず、
強い嫉妬心から同棲中だった恋人にも去られ、
鬱屈とした日々を送る慎一(山田裕貴)。
そんな彼のもとに、
職場の先輩の元妻、裕子(松本まりか)が、幼い息子アキラを連れて引っ越してくる。
慎一が恋人と暮らしていた一軒家を、離婚して行き場を失った2人に提供し、
自身は離れのプレハブで寝起きするという、いびつな「半同居」生活。
自分自身への苛立ちから身勝手に他者を傷つけてきた慎一は、
そんな自らの無様な姿を、夜ごと終わりのない物語へと綴ってゆく。
書いては止まり、原稿を破り捨て、また書き始める。
それはまるで自傷行為のようでもあった。
一方の裕子はアキラが眠りにつくと、
行きずりの出会いを求めて夜の街へと出かけてゆく。
親として人として強くあらねばと言う思いと、
埋めがたい孤独との間でバランスを保とうと彼女もまた苦しんでいた。
そして、父親に去られ深く傷ついたアキラは、
唯一母親以外の身近な存在となった慎一を慕い始める。
慎一と裕子はお互い深入りしないよう距離を保ちながら、
3人で過ごす表面的には穏やかな日々を重ねてゆく。
だが2人とも、未だ前に進む一歩を踏み出せずにいた。
そして、ある夜……
本作『夜、鳥たちが啼く』を見る前に危惧していたこと。
それは、本作に、私の好きな女優が出演していなかったこと。(コラコラ)
「松本まりか」はそれほど好きな女優ではなかったし、(個人的感想です)
松本まりかが演じる裕子の役がつまらなければ、
この作品自体もつまらなくなる恐れがあったからだ。
だが杞憂であった。
これが城定秀夫マジックなのか、
松本まりかが、徐々に輝き出し、
終盤にかけて、とても魅力ある素晴らしい女優に変貌していくのだ。
このレビューのサブタイトルを、
……松本まりかの魅力を引き出した城定秀夫監督の傑作……
とした所以である。
佐藤泰志の小説を原作としたこれまでの5本の映画は、
暗い色調の、重めの、小難しい作品ばかりであったが、
城定秀夫が監督をした『夜、鳥たちが啼く』は、
そういう部分は残しつつ、
城定秀夫監督らしく、ちゃんとエンターテインメントしているのが良かった。
特に、濡れ場の演出は、
「さすが城定秀夫監督!」
と唸ってしまうほど素晴らしく、
松本まりかの魅力も最大限に引き出されている。
これまで私は松本まりかに対しては「奇人」「変人」のイメージがあり、(コラコラ)
〈エキセントリックな女優だな……〉
と勝手に思っていたのだが、
そういうエキセントリックな部分を内に秘めつつも、
普通感覚のシングルマザーを、こうもリアルに演じられていることに感動した。
〈松本まりかはタダモノではない!〉
と思ったし、この一作で断然好きになった。
慎一(山田裕貴)と同棲中だった元恋人・文子を演じた中村ゆりか。
生活力もなく、嫉妬心ばかりが強い慎一に嫌気がさし、同棲中の家を出るが、
仲直りするように説得にきた慎一の職場の先輩・邦博(カトウシンスケ)と仲良くなり、(笑)
邦博と妻・裕子(松本まりか)が離婚する原因となる。
最初は、クズな慎一の被害者というイメージであったが、
慎一の職場の先輩・邦博とくっつき、
離婚届を前にして現妻・裕子と対峙するなど、
したたかな面も併せ持っている女・文子を、中村ゆりかは実に巧く演じていた。
映画ではほとんど見たことがなく、
TVドラマで時々見かける程度であったが、
本作『夜、鳥たちが啼く』で「女優・中村ゆりか」をしっかりと認知した。
映画出演は少ないようなので、
今後はもっと(大きな)スクリーンで逢いたいと思った。
主人公の慎一を演じた山田裕貴は、
内なる情熱を秘めながらも、
それが実現できないものどかしさや情けなさを抱えた鬱屈した男を演じ、
これまであまり見たことのない彼を見ることができて良かった。
2022年4月15日に公開を予定されていた安田顕とのW主演作『ハザードランプ』が、
監督の榊英雄による性暴力が発覚したために公開中止となる不幸はあったが、
主演作『夜、鳥たちが啼く』の公開により、少しは救われたのではないかと思うし、
現時点での山田裕貴の代表作になったように思った。
その他、
慎一の職場の先輩・邦博を演じたカトウシンスケ、
裕子(松本まりか)の息子・アキラを演じた森優理斗の演技が、
本作をより良いものにしていた。
本作『夜、鳥たちが啼く』は、『ケイコ 目を澄ませて』と同様に、
(佐賀では、ミニシアター系の映画は大都市より数ヶ月遅れで公開されるので)
「一日の王」映画賞の発表の前に見ておかなければならない重要な作品のひとつであった。
見て良かったと思った。