一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『桜色の風が咲く』 ……小雪の演技が秀逸な、実話に基づいた人間賛歌……

2023年01月19日 | 映画


本作『桜色の風が咲く』は、
私の好きな小雪の主演作として以前より注目していた。
世界で初めて盲ろう者の大学教授となった東京大学先端科学技術研究センター教授・福島智さん()と母・令子さんの実話を基に描いた人間ドラマで、



※【福島智】
1962年兵庫県生まれ。
3歳で右目を、9歳で左目を失明。
18歳で失聴し、全盲ろうとなる。
1983年東京都立大学(現・首都大学東京)に合格し、盲ろう者として日本初の大学進学。
金沢大学助教授などを経て、2008年より東京大学教授。
盲ろう者として常勤の大学教員になったのは世界初。
社会福祉法人全国盲ろう者協会理事、
世界盲ろう者連盟アジア地域代表(2022年10月退任予定)なども務める。
1996年に、母・令子とともに吉川英治文化賞受賞。
2003年には米国TIMES誌にて「アジアの英雄」に選出。
2008年、NHK「課外授業 ようこそ先輩」での出演回が日本賞グランプリ、及び「コンテンツ部門青少年向けカテゴリー 外務大臣賞」。
2015年に本間一夫文化賞。
著書および関連書多数。
“日本のヘレン・ケラー”とも称され、世界的な活躍を続ける。



小雪が母・令子役で12年ぶりに映画主演を務め、


『朝が来る』の田中偉登が青年期の智を演じる。


監督は『パーフェクト・レボリューション』の松本准平。



2022年11月4日に公開された作品であるが、
佐賀では(いつもの如く遅れて)12月末から今年(2023年)1月初旬にかけて公開された。
で、上映館であるシアターシエマでようやく鑑賞できたのだった。



関西の町で教師の夫や3人の息子とともに暮らす令子(小雪)。


幼少時に失明した末子の智は家族の愛情に包まれて天真爛漫に育ち、


東京の盲学校で高校生活を送るが、18歳の時に聴力も失ってしまう。


暗闇と無音の世界で孤独にさいなまれる智に希望を与えたのは、
令子が彼との日常から考案した新しいコミュニケーション手段「指点字」()だった。


母子は勇気を持ってひとつずつ困難を乗り越え、
人生の可能性を切り拓いていく……




※指点字とは
日本の盲ろう者(視覚と聴覚の重複障害者)はおよそ1万5千人。
世界では1千万人以上と言われる人が暗闇と無音の世界で生活上の不便と戦っている。
視覚障害者には、声での会話が、
聴覚障害者には、手話や筆談などがあるが、
盲ろう者ではコミュニケーションにさまざまな困難があり、
いかにコミュニケーションをとるのかが、大きな課題だ。
そのコミュニケーションの手段の一つとして、「指点字」が用いられている。
その「指点字」とは、
福島智さんの母・令子さんが、盲ろう者となった息子と言葉を交わしたい一心で、
ふとしたことから考案した新しいコミュニケーション手段。
それはリアルタイムで息子の指に自分の指を重ね、
点字を打つことで言葉を伝えることのできるコミュニケーション方法。
福島智さんと令子さんの考案がきっかけとなり、
指点字は多くの盲ろう者の方に希望を与えることとなった。




智の幼少期から大学に入学するまでを描いたドラマで、
幼い頃からやんちゃで口も達者、それでいて明るくて憎めない性格、
そして、常に自身の可能性を諦めない大胆で楽天的な息子・智が主人公のようにも見えるが、
最後まで鑑賞すると、
深い愛情で支えながら、
我が子とともに生きる覚悟で育てた母・令子こそが本作の主人公であると思わされた。
ウィリアム・ギブソンの戯曲『奇跡の人』の主人公が、
ヘレン・ケラーではなく、アニー・サリバンであったように……



この令子を演じた小雪は、
脚本を読むなり、出演を熱望したという。

初めて台本を読ませて頂いた時の、圧倒的な親子のエネルギーの詰まった魂に衝撃を覚えたことを今でも覚えています。福島先生のたおやかさの中に芯のある強さを感じ、それを支えるお母様のご苦労も想像を超えるものだったかとお察ししました。障害者というと、人は憐れみや同情を思い浮かべるかと思われがちですが、希望そのものだと私は感じています。
世の中が不安定な中、この作品が皆様にとって光の道筋となるような、ご覧になった方々の明日を生きる活力のエッセンスになりますように。


とコメントしていたが、
次々と困難に直面し、絶望の淵に立たされながら、
それでも物事を面白がることのできる大らかなユーモアを持ち、
厳しい現実のなかから生きる希望を見出していく母親を、
存在感と真実味のある演技で体現していく小雪は見事であった。


私が小雪を「好きな女優」として認識したのは、
『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズの石崎ヒロミ役であった。
このシリーズの石崎ヒロミには本当に泣かされた。


その後、
『信さん・炭坑町のセレナーデ』(2010年11月27日公開)主演・辻内美智代 役
『探偵はBARにいる』(2011年9月10日公開)沙織 役
『杉原千畝 スギハラチウネ』(2015年12月5日公開)杉原幸子 役
などの作品で美しき小雪を堪能。


また、
フェルメール「真珠の首飾りの少女」inベルリン国立美術館展(九州国立博物館)
での音声ガイドで、その魅力的な声にも魅了された。


若い頃は、近寄りがたいほどの洗練された都会的センスあふれる女性であったが、
2011年4月1日、俳優・松山ケンイチと入籍。
2012年1月5日、第1子となる男子を、
2013年1月10日、第2子となる女子を、
2015年7月8日、第3子を出産し、
今は、都会と地方(北海道のようだ)の「二拠点生活」で、
3人の子育てをしているそうで、
畑仕事や発酵食作りを主体にした田舎暮らしを満喫しているようだ。
今は、どちらかというと、土の匂いのする逞しい母親のイメージ。(
私は、NHKの「小雪と発酵おばあちゃん」を(録画保存するほどに愛し)観ており、


発酵食大好きな小雪が、
発酵食作りの達人である日本各地の“発酵おばあちゃん”を訪ね、


未来に残したい郷土食のレシピを教えてもらっている姿に、
深い感動をおぼえている。


そんな小雪だからこそ、
本作『桜色の風が咲く』の“奇跡の人”を演じることができたのではないかと思った。



※そういえば、女優の財前直見も現在、
(シングルマザーとして)子育てをしながら(大分県の実家で)田舎暮らしをしており、
「財前直見の暮らし彩彩」(NHK Eテレ)も毎回録画保存しながら観ている。
財前直見も逞しく素晴らしい。




本作『桜色の風が咲く』には、
(私の好きな女優の)朝倉あきも医師・飯田瑞穂 役として出演していて嬉しかった。
同じ医師・長尾光則 役のリリー・フランキーがやや不誠実な医師であったのに対し、


朝倉あきが演じる飯田瑞穂は、令子と真摯に向き合い、誠実な対応する医師で、
朝倉あきの(清楚な)イメージぴったりの役だったと思う。
朝倉あきの美しい顔を大きなスクリーンで見ることができただけでも、
この映画を見る価値はあった……と思えたほどだった。。



小雪、朝倉あきの他では、
智(青年期・田中偉登)の盲学校時代の同級生・増田真奈美を演じた吉田美佳子が良かった。


智の初恋の人のような感じで、その美しさと確かな演技が強く印象に残った。


【吉田美佳子】
1999年3月30日生まれ。
舞台では、
「つか版・忠臣蔵~大願成就討ち入り篇~」(2015年)、「AZUMI 幕末編」(2015年)、「アラタ」(2017年)、「リボンの騎士-県立鷲尾高校演劇部奮闘記2018-」(2018年)、「新浄瑠璃百鬼丸~手塚治虫『どろろ』より~」(2019年)、「フラガール‐dance for smile‐」(2019、2021年)、「フォーティンブラス」(2021、2022年)など、
映画では、
『罪の余白』(2015年)、『エンジェルサイン~故郷へ』(2019年)、
TVドラマでは、
「トクサツガガガ」(2019年 NHK)、「パラレル東京」(2019年 NHK)、「トップナイフ-天才脳外科医の条件-」(2020年 NTV)、「ひきこもり先生」(2021年 NHK)などに出演。
2019年にはWeiboにて日中文化交流賞を受賞。


「ひきこもり先生」での主人公・上嶋陽平(佐藤二朗)の一人娘・喜多川ゆいを演じていたのを憶えていたが、




本作『桜色の風が咲く』での演技で、
より強く女優「吉田美佳子」の名が私の脳に刻み込まれた。
将来性のある好い女優だと思った。



最後に、監督の松本准平について、少し触れておこう。


【松本准平】(まつもと じゅんぺい)
1984年(昭和59年)12月4日、長崎県西彼杵郡生まれ。
カトリックの家庭に生まれ、幼少期からキリスト教の影響を強く受ける。
精道三川台中学校、青雲高等学校、東京大学工学部建築学科卒業。
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。
吉本総合芸能学院(NSC)東京校12期生。
2012 年、劇場デビュー作となる『まだ、人間』を発表。
2014 年、商業映画デビュー作として、芥川賞作家・中村文則の原作を映像化した『最後の命』(主演:柳楽優弥)を発表。
NYチェルシー映画祭でグランプリノミネーションと最優秀脚本賞をW受賞。
2017年には、身体障害とパーソナリティ障害を抱える男女の恋愛を、実話を基に描いた、
『パーフェクト・レボリューション』(主演:リリー・フランキー、清野菜名)が公開。
第25回レインダンス国際映画祭正式出品。
2016年、第40回香港国際映画祭で審査員。
2017年、ドラマ「ふたりモノローグ」(2017年)プロデュース。
2019年、初の長編小説『惑星たち』を上梓。
2019年、第76回ヴェネチア国際映画祭のSIGNIS賞で審査員。
2020年、TVアニメ『シャドウバーズ』プロデュース。


私と同じ長崎県出身。
東京大学工学部建築学科を卒業し、
東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了という高学歴ながら、
吉本総合芸能学院(NSC)東京校12期生という変わり種。
私は、『パーフェクト・レボリューション』(2017年9月29日公開)を、
リリー・フランキー、清野菜名、小池栄子、余貴美子など、
私の好きな俳優が多く出演していたということもあって、
期待して(わざわざ)福岡まで見に行ったのだが、
正直、良くなかった。
脚本、演出があまりにも酷く、情緒不安定な映像だったので、(極私的感想です)
このブログにはレビューを書いていない。
そんな経緯があったので、松本准平監督作品にはかなり心配し、警戒していた。(コラコラ)
ところが、『桜色の風が咲く』は、
〈別人が撮ったのではないか……〉
と思える程、オーソドックスなしっかりした作品で、
驚くと共に、あらためて脚本の重要性を再認識した。
『パーフェクト・レボリューション』は脚本が松本准平監督自身であったが、
『桜色の風が咲く』は横幕智裕が担当していたからだ。
横幕智裕は、
「ラジエーションハウス〜放射線科の診断レポート〜」(2019年)広瀬アリスぅ~
「ちょこっと京都に住んでみた。」(2019年)木村文乃ぉ~
「名建築で昼食を」(2020年)池田エライザぁ~
「#居酒屋新幹線」(2021年~2022年)
「ザ・タクシー飯店」(2022年)
など、評価の高いTVドラマの脚本家でありながら、
「ラジエーションハウス」の漫画原作者として、
また「池上彰の報道特番」などで構成作家としても活躍している。
松本准平監督作品に、社会的な視野と(イイ意味での)大衆性をもたらしているのは、
横幕智裕の脚本のお陰であろう。



小雪が主演でなければ見なかった映画であるが、
鑑賞後、
〈見て良かった〉
と心から思えた作品であった。

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