一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『ほかげ』 ……趣里と塚尾桜雅の演技が素晴らしい塚本晋也監督の傑作……

2024年02月02日 | 映画


第10回「一日の王」映画賞(2023年公開作品)のノミネート作品選出の為、
昨年(2023年)公開された映画で、見たかったけれども様々な理由で鑑賞が叶わなかった作品などを、遅ればせながら見ているのだが、
いよいよ今回が最後となる。

本日紹介するのは、塚本晋也監督作品『ほかげ』(2023年11月25日公開)。
見たいと思った理由は二つ。

➀趣里の主演映画だから。


➁塚本晋也監督作品だから。




趣里の映画デビュー作となる『シグナル〜月曜日のルカ〜』(2012年)は、


佐賀県(嬉野市)出身の女優・三根梓の主演作ということで公開時に見ているのだが、
共演していた趣里のことはほとんど憶えていない。


趣里を優れた女優としてしっかり認知したのは、
やはり、主演映画『生きてるだけで、愛。』(2018年)においてだった。
……剥き出しの趣里が疾走する関根光才監督の傑作……
とのサブタイトルを付してレビューを書いたのだが、
そこで私は趣里について次のように記している。(全文はコチラから)

【趣里】
1990年9月21日生まれ、東京都出身。
2011年ドラマ「3年B組金八先生ファイナル~「最後の贈る言葉」」(TBS)で女優デビュー。
NHK連続テレビ小説『とと姉ちゃん』への出演などで注目を集め、
『リバース』(TBS)での狂気的な熱演や、
『ブラックペアン』(TBS)でのクールな看護師役も話題となった。
一方、舞台では赤堀雅秋、根本宗子、栗山民也、串田和美、ケラリーノ・サンドロヴィッチ、小川絵梨子ら巨匠から気鋭まで幅広い演出家の手がける作品に出演。
「大逆走」「アルカディア」「メトロポリス」「陥没」「ペール・ギュント」「マクガワン・トリロジー」などで重要な役どころを演じる。
また、主な映画出演作に『おとぎ話みたい』(2013)『東京の日』(2015)『母 小林多喜二の母の物語』(2017)『過ちスクランブル』(2017)『勝手にふるえてろ』(2017)などがある。



2012年から2016年まで舞台作品を中心に活動した後に、
映画、テレビドラマなどの映像作品にも力を入れ始めたので、
一般的には、
『リバース』(2017年4月14日~6月16日、TBS)村井香織 役



『ブラックペアン』(2018年4月22日~6月24日、TBS)猫田麻里 役


『僕とシッポと神楽坂』(2018年10月12日~11月30日、テレビ朝日)すず芽 役
辺りから彼女のことを知った人が多いのではないだろうか……



本人はあまり公表してほしくないようだが、(怒られるかな?)
父は水谷豊で、母は伊藤蘭である。
一度見たら忘れないような個性的な顔立ちであるが、
やはりどこかに母親である伊藤蘭の面影を残している。



そして、仕事に対する取り組み方や、役へのこだわりは、
父親からのDNAを感じさせる。



趣里は本作『生きてるだけで、愛。』で、全裸を晒している。
撮影したのは、真冬(2018年1月)。


アドレナリンが出たのか、寒いという感覚はありませんでした。実際には、本当に寒い日でしたし、寄りかかる屋上の鉄の柵もすごく冷たいし、肌で直接風を受けてスースーするのは感じましたけど(笑)。でも、すべてを剥き出しにしていることの開放感とか、ケアをしてくださったスタッフはもちろん、このシーンに向き合っているすべてのスタッフさんの想い、そういうものをすごく感じていました。(『キネマ旬報』2018年10月下旬号)

全裸になったということだけではなく、
身も心も“剝き出し”にして、全力で演じ切った寧子という役は、
寧子を救って一歩前進させただけではなく、
趣里自身をも救い、一歩前へ進ませてくれた作品になっていると思う。


本作の趣里を見ていて、


私は『砂の女』の時の岸田今日子を思い出してしまった。


鞭のようにしなやかな裸体も、彼女を思い起こさせた。


趣里も、きっと将来、岸田今日子のような、
存在感のある個性的な大女優になっていくことだろう。
そういう意味でも、見ておくべき作品だと思われる。


6年前のこの頃は、趣里もまだそれほど知られた存在ではなかったが、
『生きてるだけで、愛。』を見て、将来性を感じ、
「存在感のある個性的な大女優になっていくことだろう」
と書いた。
その後の活躍は皆さんもご存じの通りで、
現在は、NHK朝ドラ「ブギウギ」(2023年10月2日~)で主演しており、
花田鈴子(福來スズ子)役として、歌い、踊っているのを、
毎日楽しみに観させてもらっている。
(国民的女優になりつつある)そんな趣里の主演する新作映画は絶対見たいと思った。



塚本晋也監督作品は、佐賀にいるとなかなか見る機会はないのだが、
近年の傑作、
『野火』(2015年)
『斬、』(2018年)
などは鑑賞しており、
『野火』についてはレビューを書く機会を逸して書いていないが、
『斬、』については、
……池松壮亮と蒼井優の表現力に驚かされる塚本晋也監督作品……
とのサブタイトルを付してレビューを書いている。(コチラを参照)
塚本晋也監督作品には、「このようなものを作りたい」という気持ちが込められていて、
メッセージ性もあり、その映画作りの真摯な姿勢にいつも感心させられるのだが、
新作が公開される度に、
〈塚本晋也監督作品は見ておかなければ……〉
という気にさせられる。


『ほかげ』は、昨年(2023年)の11月25日に公開された作品であるが、
佐賀では、約2ヶ月遅れで、今年(2024年)の1月19日より公開された。
で、先日、上映館であるシアターシエマでやっと鑑賞できたのだった。



戦争で家族を亡くし、
焼け残った小さな居酒屋に1人で住む女(趣里)は、
躰を売ることを斡旋され、
絶望から抗うこともできずに日々をやり過ごしていた。


そんなある日、
空襲で家族を失い、闇市で食べ物を盗んで生きる少年(塚尾桜雅)が、
女の暮らす居酒屋へ逃げ込んでくる。
女は邪険にするが、少年はそこに入り浸るようになる。


時を同じくして、
客としてやってきた若い復員兵(河野宏紀)も、
一緒に居つくようになる。


3人は、家族のようになるが、
戦後の混乱期で関係は破綻する。


その後、
少年は、片腕が不自由な男(森山未來)に誘われ、
「仕事」という名目で旅に出て、
戦争がもたらした数々の暗部を目の当たりにするのだった……




冒頭、畳に敷きっぱなしの布団で横になっている女(趣里)が映し出され、
足の裏から舐めるようにカメラが移動していく。


その横たわった艶めかしい姿態を見て、
(『生きてるだけで、愛。』のレビューでも書いたように)私は、『砂の女』の岸田今日子を思い出していた。
ここにいるのは、
NHK朝ドラ「ブギウギ」の福來スズ子を演じている趣里ではない。
『砂の女』ならぬ『闇の女』ともいうべき、鞭のようにしなる躰を持った一人の女だ。
この女のいる居酒屋では、
盗人をはたらいている戦災孤児の少年(塚尾桜雅)が追われて駆け込んできたり、
酒瓶を持ってきた中年男(利重剛)が、女とまぐわったり、
若い復員兵(河野宏紀)がやってきて、泊まっていったりする。
前半は、この4人による室内劇とも言うべき人間ドラマが展開する。
女と中年男、
女と復員兵のやりとりを、
戦災孤児の少年の目が凝視している。


塚本晋也監督は『野火』で戦場の悲惨さを表現したが、


本作『ほかげ』は、終戦後の場末の居酒屋から、そして闇市などから、戦争の悲惨さを活写する。


「戦時」、「終戦後」という違いはあるが、戦争の本質を抉っているという点では同じだし、
そういう意味では、『野火』と『ほかげ』は表裏を成す作品と言えよう。
戦争に翻弄されたひとりの女を中心に据え、
終戦直後の、絶望と闇を抱えたまま混沌の中で生きる人々を描き出すことで、
本作は、『野火』以上に戦争の本質を抉りだしていると言えるかもしれない。



映画の後半は、
片腕が動かない謎の男(森山未來)と少年の小さな旅が描かれる。
少年が拳銃を持っていると知ると、男は仕事をくれるという。
居酒屋の女に追い出された少年は、拳銃を使いたがっている男と合流し、付いていくが、
拳銃の使い道も、どこに向かっているのかも教えてはくれない。
野宿をしながら歩き続け、
男はとある屋敷の庭に少年と忍び込み、庭石の影から座敷を見つめる。
夕方になりそこへ男性と夫人らしき人物がやってきて夕餉が始まる。
男は少年に、アキモトシュウジが待っていると言ってその男性を呼び出してくるよう頼む。
やがて、アキモトのもとへ、少年に案内された男性がやって来る。
二人は、戦場での上官と部下らしく、
元上官の男は、再会を喜んでいるようであったが、
部下だったアキモトは自分のしてきたことの償いについて考えていると話す。
元上官の男性は、「戦場でのことだ、気にするな」となぐさめるような発言をするが、
アキモトは少年に拳銃を渡すよう笑顔で促し、
少年から拳銃を受け取ったアキモトは、戦友の名前を呼びながら元上官の足を撃つ。
1発目は、上官の命令に従って捕虜を殺し、正気を失って自殺してしまった友の分。
2発目は、上官命令で捕虜を殺したあと、おかしくなってしまい、敵の女子供に至るまで虐殺してしまった友の分。
3発目は、戦友であり親友だった友の分。
この親友は、捕虜を殺すことができなかったので、
上官の男は、あろうことかアキモトに彼を殺させたのだ。
そんな極限の地獄のような状況をくぐり抜けて故郷に帰ってきたアキモトは、
やらせた上官がのうのうと平和に暮らしているのが、赦せなかったのだ。
4発目に、自分の頭を撃とうとするが、それを止め、銃身で元上官を殴りつける。
そして、「次はすぐ殺す」と言い、アキモトは銃を少年に返す。
アキモトは、少年に、「元上官の家に知らせに行け」と命令し、
その場に佇んで天に向かって片手を突き上げる。
少年は立ち止まってその姿を見つめつつ、
言われたとおり元上官の家に向かって走り出すのだった……

本作『ほかげ』のこの後半のパートを見ながら、私は、
原一男監督のドキュメンタリー映画の傑作『ゆきゆきて、神軍』(1987年)を思い出していた。


『ゆきゆきて、神軍』のあらすじ
奥崎謙三は、第二次大戦中、召集され、日本軍の独立工兵隊第36連隊の一兵士として、激戦地ニューギニアへ派遣されていた元日本兵。ジャングルの極限状態のなかで生き残ったのは、同部隊1300名のうちわずか100名。かつて自らが所属した第36連隊のウェワク残留隊で、隊長による部下射殺事件があったことを知り、殺害された二人の兵士の親族とともに、処刑に関与したとされる元隊員たちを訪ねて真相を追い求める。すると、生き残った元兵士たちの口から戦後36年目にしてはじめて、驚くべき事件の真実と戦争の実態が明かされる。元隊員たちは容易に口を開かなかったが、奥崎は時に暴力をふるいながら証言を引き出し、ある元上官が処刑命令を下したと結論づける。

映画の結末で、
奥崎が元上官宅に改造拳銃を持って押しかけ、
たまたま応対に出た元上官の息子に向け発砲し、
殺人未遂罪などで逮捕されたことが字幕で紹介される。
(奥崎は懲役12年の実刑判決を受けて服役し、満期出所後は神戸市で妻とバッテリー商を営みながら、天皇の戦争責任を訴え、2005年に亡くなるまでアナーキストとして活動した)
『ゆきゆきて、神軍』予告編↓


この奥崎謙三と、


本作『ほかげ』のアキモトシュウジが重なった。
『ほかげ』の後半は、
塚本晋也監督による『ゆきゆきて、神軍』ではなかったか……と思った。



『野火』で戦場の悲惨さを描いた塚本晋也監督は、
本作『ほかげ』では、戦争を生き抜いた者たちが背負うものの重さを描いている。
(居酒屋の女主人役の)趣里、(少年役の)塚尾桜雅の演技が秀逸で、
本作を傑作へと押し上げていた。


塚本晋也監督は、
「世界が不穏な方向に向かっているいま、平和への祈りのような気持ちを込めて作った」
と語っていたが、
絶望と闇を抱えながら、それでも「生きようとする人間の生への欲望」を、
強く感じさせられた95分間であった。

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