一日の王

「背には嚢、手には杖。一日の王が出発する」尾崎喜八

映画『正欲』 …新垣結衣、磯村勇斗、東野絢香の演技が秀逸な岸善幸監督の傑作…

2023年11月24日 | 映画


※レビューの途中よりネタバレしています。原作を読んでいない方や、これから映画を見ようとしている方(で、白紙の状態で見たい方)は、映画鑑賞後にお読み下さい。


本作『正欲』を見たいと思った理由は三つ。


➀岸善幸監督作品であるから。


監督としての劇場デビュー作でもある『二重生活』(2016年)は、
私の好きな門脇麦の単独初主演作で、
ドキュメンタリータッチで描かれた、
門脇麦の魅力がギュッと濃縮されたような作品であった。

『あゝ、荒野』(前篇)(2017年)
『あゝ、荒野』(後篇)(2017年)

は、前篇2時間37分、後篇2時間27分で、
前・後篇では5時間を超える大作であったのだが、
男と男の場合は殴り合いで、
男と女の場合はセックスで、
肉体と肉体をぶつけ合いながら、心を通じ合わせてゆくという“激しい”映画だった。
『二重生活』で感じた“静かな”映画の監督という印象を覆す内容で、度肝を抜かれた。
第4回 「一日の王」映画賞・日本映画(2017年公開作品)ベストテンにおいて、
第7位に選出し、
最優秀主演男優賞に本作で主演した菅田将暉を選出した。

『前科者』(2022年)は、
ドキュメンタリータッチの映画『二重生活』とも、
肉弾戦の映画『あゝ、荒野』(前篇・後篇)とも違う、
前2作のイメージを見事なまでに覆す、
愚直なまでの正攻法で撮られた映画であった。
何も知らされずに見たら、岸善幸監督作品だとは思わなかっただろう。
なので、最初は、
〈本当に岸善幸監督作品?〉
と思いながら見ていた。
あまりにもオーソドックス過ぎて、
ちょっとつまらなくも感じていた。
だが、丁寧に撮られたワンシーン、ワンシーンの積み重ねが、
やがて重層的な魅力ある物語に変貌していき、
そこにサスペンスも加わり、スクリーンから目が離せなくなり、
最後には涙を流すことになった。
素晴らしい映画であった。
「傑作」であった。

かように岸善幸監督作品は傑作揃いで、ハズレなしなのである。
なので、岸善幸監督の新作ならば絶対見たいと思った。



➁原作が朝井リョウの同名小説であるから。


私自身は朝井リョウの良い読者とは言えないが、
朝井リョウの小説が原作の映画は、
『桐島、部活やめるってよ』(2012年、監督:吉田大八)
『何者』(2016年、監督:三浦大輔)
『少女は卒業しない』(2023年、監督:中川駿)

など、傑作になることが多い。
特に今年は、『少女は卒業しない』を鑑賞して、
……河合優実の初主演作にして青春恋愛映画の傑作……
とのサブタイトルを付してレビューを書いている。
朝井リョウの小説が原作の新作映画ならば期待できると思った。



➁磯村勇斗、東野絢香、徳永えりが出演しているから。


個人的に好きな俳優(磯村勇斗、東野絢香、徳永えり)が出演しており、
特に磯村勇斗に関しては、今年(2023年)は、
『最後まで行く』(2023年5月19日公開)
『波紋』(2023年5月26日公開)
『渇水』(2023年6月2日公開)
『月』(2023年10月13日公開)
『正欲』(2023年11月10日公開)

と、5作もの出演作があり、
「一日の王」映画祭だけでなく、本年度の最優秀助演男優賞の有力候補であろう。
東野絢香、徳永えりも演技力が素晴らしく、
磯村勇斗、東野絢香、徳永えりが出演している映画『正欲』は見逃せないと思った。



……ということで、佐賀での上映館であるイオンシネマ佐賀大和で鑑賞したのだった。



横浜に暮らす検事の寺井啓喜(稲垣吾郎)は、
息子が不登校になり、教育方針を巡って妻・由美(山田真歩)と度々衝突している。


広島のショッピングモールで販売員として働きながら、
実家暮らしで代わり映えのしない日々を繰り返している桐生夏月(新垣結衣)は、
中学のときに転校していった佐々木佳道(磯村勇斗)が地元に戻ってきたことを知る。


大学のダンスサークルに所属する諸橋大也(佐藤寛太)は、
準ミスターに選ばれるほどの容姿だが、心を誰にも開かずにいる。


そんな大也を気にしていた学園祭実行委員の神戸八重子(東野絢香)は、
大也が所属するダンスサークルに、
(学園祭での)ダイバーシティをテーマにしたイベントへの出演を依頼する。


家庭環境、性的指向、容姿など、様々な“選べない”背景を持つ5人、
寺井啓喜(稲垣吾郎)
桐生夏月(新垣結衣)
佐々木佳道(磯村勇斗)
諸橋大也(佐藤寛太)
神戸八重子(東野絢香)
の人生が、ある事件をきっかけに交差し、
それぞれが思いもよらない結末を迎える……




一応、寺井啓喜を演じる稲垣吾郎の主演作となっているが、
上記5人を中心とする群像劇で、
(前期高齢者の私としては)134分という少し長めの上映時間を心配していたが、
〈100分くらいの上映時間ではなかったか……〉
と思えるほど面白く、あっという間にエンドロールを迎えたような気がする。

『正欲』は「性欲」を連想させ、
〈新垣結衣もついに濡れ場を演じるのか……〉
と勝手な想像を巡らせて映画館に足を運んだ人も少なからずいると思うが、(いるのか?)
そんなシーンはまったくなくて、(笑)
どちらかと言えばちょっと小難しい映画であったと言えよう。
私の斜め前にいたおじさんは、新垣結衣の濡れ場がなかった所為かどうかはわからないが、
途中退席して(トイレかなとも思ったが)戻ってこなかった。(爆)
そういう人にとっては肩透かしの映画だったかもしれない。(コラコラ)



正直、これがネタバレになるのかどうか判断がつきかねるが、
本作『正欲』は、水に興奮する “水フェチ”が、
(そういうものが本当にあるのかどうか分からないが)重要な性癖として登場する。
単なるフェチというのではなく、性的に悦びを感じる“水フェチ”なのである。
冒頭、桐生夏月(新垣結衣)が水に浸っている自分を妄想しながら、
オナニーをしているような(確かではないが、想像させるような)シーンがある。


桐生夏月は、中学時代に、同じ“水フェチ”の佐々木佳道(磯村勇斗)を知るが、


佐々木佳道は転校し、
以降、“水フェチ”に理解のある人に巡り合えないまま、孤独な人生を歩んでいた。
だが、佐々木佳道が地元に戻ってきて、同窓会で再会した二人は、
お互いに絶対に他の人には知られたくないこと(水フェチ)を共有していたことを思い出し、
「この世界で生きていくために、手を組みませんか?」
という佳道の提案に応じ、
二人はすぐに(世を生きていく手段としての)結婚をする。



横浜地方検察庁に勤めるエリート検事・寺井啓喜(稲垣吾郎)は、


息子が不登校になり、妻の由美(山田真歩)と衝突が絶えない。


息子と妻は、今は、「行きたくない学校へは行かない」という選択肢があると、
ユーチューブで動画配信をすると言い出す。
「なぜ学校へ行くという普通のことが出来ないのか!」
と怒る寺井啓喜。



寺井啓喜(稲垣吾郎)の息子のYouTubeをいつも閲覧していた佐々木佳道(磯村勇斗)は、
水の動画をリクエストしたりコメントを寄せてくる常連、フジワラサトルに興味を持つ。
〈自分たちと同じ“水フェチ”に違いない……〉
と。


このフジワラサトルのハンドルネームを使用していたのは、
大学生の諸橋大也(佐藤寛太)だった。


やがて、コンタクトを取り合った佐々木佳道と諸橋大也は、
やはり同じ動画サイトで知り合ったコバセと名乗る、もうひとりの水フェチも交え、
一緒に水の動画を撮ることになる。
このコバセには水フェチ以外にも他の嗜好があり、それは小児性愛者というものだった。
公園に集まった3人は、居合わせた子供たちと一緒に水遊びの動画を撮るが、
この子供たちの一人がYouTubeを撮影中の寺井啓喜(稲垣吾郎)の息子だった。
結局、コバセこと矢田部陽平(岩瀬亮)から足がついて、
佐々木佳道と諸橋大也も逮捕されてしまう。



ある日、寺井啓喜は、
息子が配信する動画サイトが、幼児わいせつ動画にあたる疑いで停止されたことを知る。
風船割や公園での水遊びなど、
視聴者のリクエストに応え投稿していたことで起こったことだった。
「世の中には理解出来ない、社会のバグは本当にいるんだ! 悪魔が存在するんだよ! これが現実なんだ!」
妻の由美を一方的に責める啓喜に、由美は、
「普通に生きていけないことはバグなの?」
と、自分と息子を理解しようともしてくれない夫に、家を出る覚悟を決める。



児童買春で逮捕された男性グループを担当することになった寺井啓喜(稲垣吾郎)は、
どうにも理解に苦しむ供述に頭を悩ませていた。


矢田部陽平の家からは証拠となる映像等が押収されており犯罪は間違いないものの、
あとの2人(佐々木佳道と諸橋大也)は「ただ水が好きなだけだ」と言っているからだ。
寺井啓喜は、佐々木佳道の妻である佐々木夏月(新垣結衣)と面会をするが、
「あり得ないと思いますが、夫婦は水に特別な感情をお持ちですか?」
という寺井啓喜の問いかけに、夏月は、
「必死に生きてきたものを、あり得ないって片付けられたことはありますか? あなたが信じなくても、ここにこういう人間はいます」
と答える。
そして、調停中なので伝言は出来ないという啓喜に、夏月は、
「私はいなくならないから、と伝えてください」
と言って、去って行く。



多様性の時代を象徴するような映画であった。
現代は、LGBTQIAなど、多様化する性的マイノリティへの対応が進められているが、
それとは別に、それぞれに(性的趣向やフェチという意味での)性癖というものもあり、
性の志向も多様化している。
私自身は、それらとは無縁の“どストレート”というつまらない男であるのだが、(笑)
犯罪につながるような異常性癖は別にして、
それぞれが、それぞれの愉しみを志向するのは好いと思っている。

学生時代、岸田秀という精神分析学者の本をよく読んだ。
フロイト理論を基礎に、
「人間は本能が壊れた奇形で、幻想のなかで生きる動物である」
と主張し、
「すべては幻想である」とする「唯幻論」の観点から、
現代世界のさまざまな事象を分析する学者であったのだが、
「人間は本能が壊れた動物である」との説に深く共感するものがあった。
動物には、本来、自然環境の中で、
こういう刺激に対してはこう反応するという本能(=行動規範)が備わっているが、
人間はその本能が大部分壊れており、何をするにも、どうしていいかさっぱりわからない。
性に対しても同様で、本能が壊れているので、性行為についても学習しなければ実行できない。
その学習の過程で、各人が様々な性の形態を身につけるので、
それぞれの性的嗜好も多様化する。

フェティシズム(相手の身体の一部、衣服・装身具などへの好み・こだわり)
窃視症(他者の性的行為などを覗き見する性的嗜好)
露出症(自分の裸体・性器などを他者や公衆の前に示して性的興奮等を得る嗜好)
ペドフィリア(小児性愛・幼児童に対し性的魅惑を覚える性的嗜好)
少年性愛(思春期の少年に対し性的な魅惑を感じる嗜好)
少女愛(思春期の少女に対し性的な魅惑を感じる嗜好)
エフェボフィリア(思春期から青年期の男女に対する性的嗜好)
老人性愛(老人に対し、性的魅惑を覚える性的嗜好)
女斗美(女性同士の格闘に性的な魅惑を感じる嗜好)
動物性愛(ヒツジ、ウマ、イヌ、ネコなどの動物に性的魅惑を抱く。獣姦ともなる)
サディズム(相手に対し性的な屈辱などを与える嗜好)
マゾヒズム(相手から、または自分自身で屈辱などを受ける嗜好)


この他にも、
尿に対する嗜好、糞便嗜好、死体愛好(ネクロフィリア)など、
(ここに書くことを憚られるような)おぞましい嗜好も数多くある。

私自身は、(先ほども言った通り)これらとは無縁の、
“どストレート”で“どノーマル”なつまらない男なのだが、
「ごく普通の男です」
と、言おうものなら、
「普通とは一体何だ!」
とすぐに言い返されそうで、
「普通」という言葉もうっかり使えなくなってしまっている。(笑)
そんな私ではあるが、
映画を見ていて、様々な思いが浮かんでは消えていった。
そのいくつかを、思い出すままに書いてみたい。


YouTubeを撮影中の寺井啓喜(稲垣吾郎)の息子が、視聴者のリクエストに(小児性愛者のリクエストとは知らずに)応じて撮った動画が、幼児わいせつ動画にあたる疑いで停止されたとき、寺井啓喜が、
「世の中には理解出来ない、社会のバグは本当にいるんだ! 悪魔が存在するんだよ! これが現実なんだ!」
大きくて強い声で言い放ったシーンを見たとき、(このシーンは予告編でも出てくる)
それが、かつてジャニーズ事務所に所属していた稲垣吾郎だっただけに、
ジャニー喜多川前社長の性加害問題を想起させ、
稲垣吾郎の心からの叫びではなかったか……と勝手に想像した。
そういう意味では、実にタイムリーな作品であったような気がする。



桐生夏月(新垣結衣)と佐々木佳道(磯村勇斗)が噴き出す水と戯れるシーンは、


今年公開された映画(磯村勇斗も出演していた)『渇水』(6月2日公開)のあるシーンを思い起こさせた。


そして、桐生夏月(新垣結衣)が水に浸っているシーンは、


同じく今年公開された映画『アンダーカレント』(10月6日公開)で、
真木よう子(が水に浮かんでいるシーン)を想起させた。


映画『死体の人』(3月17日公開)や、


映画『波紋』(5月26日公開)もそうであったが、
今年(2023年)は、水にまつわる映画、水に浮かぶ人を多く見たような気がする。(笑)



桐生夏月を演じた新垣結衣であるが、
私は、正直、彼女にはあまり期待していなかった。


TVドラマの、
「逃げるは恥だが役に立つ」(TBS、2016年10月11日~12月20日)
をはじめとする明るく爽やかなイメージが強く、
映画でも、
『恋空』(2007年)
『フレフレ少女』(2008年)
『BALLAD 名もなき恋のうた』(2009年)
『ハナミズキ』(2010年)
『麒麟の翼 〜劇場版・新参者〜』(2012年)
『トワイライト ささらさや』(2014年)
『くちびるに歌を』(2015年)
『ミックス。』(2017年)
『コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-』(2018年)

なども見て、レビューも書いたり(書かなかったり)してきたが、
「一日の王」映画賞にノミネートされる作品は一作もなく、
傑作映画とは無縁の女優のように感じていたからだ。
だが、本作『正欲』での新垣結衣は違った。
相手をねめつけるような表情ばかりが強く印象に残ってしまうほど、
笑顔は一切なく、きらきらオーラを消し去った新垣結衣がそこにいた。




まさか、こんな役を新垣結衣が演じるとは思わなかった。


先ほど、
「桐生夏月(新垣結衣)が水に浸っている自分を妄想しながら、オナニーをしているような(確かではないが、想像させるような)シーンがある」と書いたのだが、
ラブシーンのない本作で、唯一、エロティックなシーンであったかもしれない。


極私的には、
『夢売るふたり』(2012年)での松たか子の自慰シーンに匹敵する衝撃的なシーンであった。
そういう意味では、新垣結衣は、相当な覚悟で本作に挑んだと思われる。
デビューした頃に各映画祭で新人賞を受賞し、
『ミックス。』で優秀主演女優賞を一部の映画賞で受賞したが、
それ以外、これまで映画賞とはほとんど無縁できた印象がある。
今年は、本作『正欲』でいろんな映画賞で(主演女優賞か助演女優賞のどちらかで)ノミネートされることであろう。
私の中でも、女優・新垣結衣を再認識させられた一作であった。



佐々木佳道を演じた磯村勇斗は、
『月』に続く難役であったのだが、
本作『正欲』でも、それと感じさせることなく、
さらりと演じて魅せ、実に巧い。


今年(2023年)は、
『最後まで行く』(2023年5月19日公開)
『波紋』(2023年5月26日公開)
『渇水』(2023年6月2日公開)
『月』(2023年10月13日公開)
『正欲』(2023年11月10日公開予定)
と、5作もの出演作があり、
しかも、秀作、傑作揃いで、本年度の最優秀助演男優賞の最有力候補であろう。
いろんな監督、いろんな作品に呼ばれるのも納得の演技であった。



神戸八重子を演じた東野絢香。


NHK連続テレビ小説「おちょやん」(2020年~2021年)で、
主要キャストのひとりである芝居茶屋「岡安」の一人娘みつえ役を演じているのを見て、
「女優・東野絢香」を認知したのであるが、
その後も、
「六本木クラス」(2022年/EX)、
「CODE-願いの代償-」(2023年/YTV/NTV)、
などのTVドラマで楽しませてもらっていた。
本作『正欲』は東野絢香にとっての満を持しての映画初出演作品であり、
期待に違わぬ(期待以上の)演技で私を魅了した。


神戸八重子という役も難しい役であったが、東野絢香は不自然さを感じさせることなく、
リアルに、魅力的に演じている。


映画デビュー作がこれほどの演技なのだから、
これからの映画出演作にも大いに期待できると思った。



夏月の同僚、那須沙保里を演じた徳永えり。


夏月と同じ商業施設で働き、夏月を気に掛ける妊婦の役であったが、
あることをきっかけに彼女の本性が明らかとなる。
その豹変ぶりが見事で、
徳永えりという優れた女優であったればこその“驚き”であったと言えよう。



岸善幸監督の新作『正欲』は、やはり傑作であった。
過去の『二重生活』(2016年)、『あゝ、荒野』(前篇・後篇)(2017年)、『前科者』(2022年)がそうであったように、良い意味で期待を裏切る、
過去のどの岸善幸監督作品とも似ていない、
「らしさ」の感じられない(誉め言葉です)、傑作であった。
やはり、「岸善幸監督作品にハズレなし」であった。
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