紅葉町側から見た旧中国新聞地域センターふくやま。平成12年(2000)8月に完成した建物が取り壊されると聞いて驚いたのだ(営業所やサービスセンターは駅家町法成寺に移転)。破壊と建設を繰り返す街、それが福山である(国道2号線沿いは土地活用がすぐに始まる)
7月中旬、霞町の共同住宅の躯体工事は3階まで進んでいた。足場が隣の第2グランツビルとほぼ同じ高さになっているのが分かるだろう。福山夏祭り2018に参加する人はついでに現場を見ておくとよかろう。JR福山駅南口周辺では様々な工事が進行中である。
共栄町3丁目の風俗店辺りがかつての京町だと思う。戦前は遊廓があったという話だが、「アイリスK」東側の駐車場がその跡地に該当するのだろうか。
同4丁目には数少ない戦前の建物が残っている。「今治ラヂウム温泉」が平成28年(2016)11月29日に国の登録有形文化財に登録されたことは非常に喜ばしい。岡崎直司さんのエッセイ『“MY TOWN”うぉっちんぐ 歩キ目デス&足ラテス vol.79 今治ラヂウム温泉の不思議<今治市>』には建物のことや町名の由来などが書かれており非常に参考になる。
昨秋晴れて国登録有形文化財に選定された、この男湯と女湯が二つのドーム型に設計された建築の偉容は、大島出身の材木商村上寛造氏によって大正8年位創業された。ただ、実は正確な建築年が判明しておらず、昭和2年には存在していたという事のみ伝わっている。肝心の設計図書や、木造建築にあるような棟札の存在が無い為に、その設計者・施工会社は何れも不明である。資料が無い訳は、太平洋戦争末期、未曾有の災禍となった今治空襲によって隣接していた村上家も被災し、全てが焼失した事によるらしい。米軍機による空襲は、昭和20年4月26日、5月8日、8月5日、6日の計4回実施され、数百名の死者を数えた。
そもそも寛造氏は材木商で成功し、葦原でしかなかった場所に歓楽街を造り上げようと、大正期に映画館(共楽館と第二共楽館)や温泉などを興し、一帯を父京造の名から一字取って京町と名付け(今の共栄町)、一代でその夢を成し遂げた。されどもラヂウム温泉の建物は、ふんだんに手に入るハズの木材による建築とせず、当時の最先端と思われるコンクリートで計画する。
同4丁目には数少ない戦前の建物が残っている。「今治ラヂウム温泉」が平成28年(2016)11月29日に国の登録有形文化財に登録されたことは非常に喜ばしい。岡崎直司さんのエッセイ『“MY TOWN”うぉっちんぐ 歩キ目デス&足ラテス vol.79 今治ラヂウム温泉の不思議<今治市>』には建物のことや町名の由来などが書かれており非常に参考になる。
昨秋晴れて国登録有形文化財に選定された、この男湯と女湯が二つのドーム型に設計された建築の偉容は、大島出身の材木商村上寛造氏によって大正8年位創業された。ただ、実は正確な建築年が判明しておらず、昭和2年には存在していたという事のみ伝わっている。肝心の設計図書や、木造建築にあるような棟札の存在が無い為に、その設計者・施工会社は何れも不明である。資料が無い訳は、太平洋戦争末期、未曾有の災禍となった今治空襲によって隣接していた村上家も被災し、全てが焼失した事によるらしい。米軍機による空襲は、昭和20年4月26日、5月8日、8月5日、6日の計4回実施され、数百名の死者を数えた。
そもそも寛造氏は材木商で成功し、葦原でしかなかった場所に歓楽街を造り上げようと、大正期に映画館(共楽館と第二共楽館)や温泉などを興し、一帯を父京造の名から一字取って京町と名付け(今の共栄町)、一代でその夢を成し遂げた。されどもラヂウム温泉の建物は、ふんだんに手に入るハズの木材による建築とせず、当時の最先端と思われるコンクリートで計画する。
篝アパート(東吉津町7‐17)南側のお宅(K邸)が取り壊されて更地になっていた。まだ不動産会社の看板は設置されていない。この辺りには高度経済成長期に建てられた賃貸住宅がたくさんあったが、建て替えが進んで昭和の雰囲気が消えつつある。
消防局専用駐車場隣がはるかホームの分譲地になっていた。以前この場所には民家が建っていた。全3区画のようだ。空き地の向かい(東側)には福山拘置支所(前身は明治14年5月に設置された広島県監獄支署)がある。
現在宝町の3階建ビル(昭和56年10月築)の改装工事が行われている。以前は1階がデザイナーズスタジオ・エフ」だった。賃貸物件検索サイトでは「タカハシテナント」という名称で出てくるが、2階部分に空きがあるようだ。
午前7時半過ぎ、激しい雨音で目が覚めた。台風12号の中心が福山市にあった9時頃にはもう雨足が弱まっていた。11時になって蝉が鳴き始め普段通りの蒸し暑さに戻っている。中心市街地に被害が出なくて良かった(JR山陽本線・福塩線の運転再開は午後3時以降になる模様)
中藤マンションとY邸の跡地にはるかホームが2軒の住宅を建設している。西端の家(2枚目の写真)が「三吉町5丁目1号地(建売住宅)」で価格2,608万円。8月完成予定である。いずれ近くに「(仮称)スーパードラッグひまわり三吉町五丁目店」や「某スーパー」が誕生するので便利な場所になるだろう。
「旧有料老人ホーム桜並木」の改修後は老人福祉施設「あいる三吉」として活用される。事業者は(株)かもめいと(加茂町下加茂179 森岡知彦代表)。
施設は8月頃新規開設予定で求人(小規模多機能ホーム、ショートステイでの利用者の生活介助)が出ていた。近頃蔀山橋周辺は何かと動きがある。
施設は8月頃新規開設予定で求人(小規模多機能ホーム、ショートステイでの利用者の生活介助)が出ていた。近頃蔀山橋周辺は何かと動きがある。
旧坂田果実店の跡(解体工事の施工者:有限会社カシマ屋)にハマ不動産の売物件の看板が立っている。とりあえずは店舗用地として様子を見て1年近く売れ残るようであれば駐車場にするのではないだろうか。交通量の多い通り沿いゆえの悩みである。
本日、残りの屑が仕置された。7月中にテロリスト全員が冥土に送られて反日オールドメディアは悔しいであろう。ネットの有益な情報によって多くの日本人が覚醒した結果、垢やろくでなしの非国民の取締りは益々強化されることになる(笑)
フェリシテⅡ(平成30年1月築のアパート)の北西約120m(もと農地)が老人ホーム「(仮称)コミュニティケアセンター北本庄」建設予定地になっていた。
建設主が社会福祉法人地域の空(理事長 中島康晴)で設計者が(株)あい設計福山支社。建設計画の概要には9月1日頃着工予定と表示されており工期は半年である。最上社の常夜灯周辺がどんどん変わっていきそうだ。
建設主が社会福祉法人地域の空(理事長 中島康晴)で設計者が(株)あい設計福山支社。建設計画の概要には9月1日頃着工予定と表示されており工期は半年である。最上社の常夜灯周辺がどんどん変わっていきそうだ。