撮影に膝折れぬ友増える会
病得つ来る友来れぬ友憂う
クラス会邯鄲の夢二日間
意地悪も今は懐かし押し問答
マドンナと笑み高らかに校歌なり
竜宮城消えて今日から塩握り
四日ぶりに泥水地を見回って愕然とした。棚田の法面が綺麗に刈り払われている。隣接グループの勢力圏なので文句を言える立場ではないが、ワレモコウ、ノアザミ、ショウマなどの群落が混成し、景観として「素敵」な一角だったのだ。
一帯の水辺は「生物保全」のために再生するとの共通理解があったと思っていたが、本格的に棚田風に再生したことが裏目になった。
従来、頻繁に作業に見えていた代表のM氏などとは、刈り残す意義を確認しつつ、竹の杭を群落の目印にしてあったのだが、第三土曜日の例会で処理されてしまった。竹も一本を残して外してあった。
我らの会友が、たまたま見ていたのだけれど、口出しは出来なくて、このありさまになった。作業をした2名の中に「きれいにしましょう」が口癖の人がいて、その影響もあったのだろう。この、すべて刈り払えば「最適化」が達成できるなんて認識はどこから来るのか、小生には理解できない。景観として「棚田」の再生をしたが、本質は「水辺」なのだ。姿を真似たら本質が崩れてしまった。ボランティアといえど「イロハ」位は身に着けて欲しいものである。