GITANESの匂いが妄想を呼ぶ。
それとは無関係に・・・。
Tが写真の人物と何か関わりがあるということだけはわかった。
しかしTの身柄は警察だし、多分Tの悪行がバレた上でのことなら
しばらくは出てこれないだろう。初犯かどうかもわからないが
数年は食らいこむことも考えられる。
刑務所に入ったとなったら面会することもできるんだろうが、
そもそもそこまでして「写真の人物」探しをするほどの義理は
誰に対してもないような気がしている。
一旦アパートに帰る。ドアの開閉がどうにも重い。ボロいアパート
だから仕方ないし、その上アパートの大家は自分自身だから
どこにも文句を言えないのだ。
T経由での捜索はしばらくできないとして、人探しの有効な手段は
思いつかなかった。こういう場合は下手な鉄砲を数撃つしかない。
この写真をコピーして、数人の知り合いに渡しておいて情報を
もらえるよう頼むしかない。
三回に一回は反応しないという骨董品レベルのスキャナプリンタで
写真を出力した。
あまり写りの良くない写真がさらに悪くなり、こりゃあ親兄弟でも
一見して誰かわからないのではあるまいかレベルになってしまったが
そんなもの気にしない。そもそも彼女がどこの誰かわからず仕舞い
でも、自分は一向に困らないのだ。
11時に人と会う約束がある。
小さい出版社の売れないタウン誌の担当Pと、アパートの近所にある
図書館で待ち合わせ。この雑誌では毎月何かしら記事を書いて
涙が出るほど安いギャラをもらっている。
自分では物書きになったつもりは全くないのだが、いくつかの雑誌
やネットのサイトで定期・不定期に何かを書いて少ない収入を
得ている。P曰く「それはもう立派な物書きですよ」とのことだから
そうなのかも知れない。だから、捕まったオクスリ売人のTが私を
「先生」と呼ぶのは間違いでもない。
その他、叔父から相続したボロアパートの家賃収入で生計を立てて
いる。部屋数も少ないしボロいからそう高額な家賃にも設定できない。
1Fは私の部屋の他に訳アリのデブ、訳アリ風の30台女性、
怪しげな西洋人が住む各部屋があり、2Fは怪しげなマッサージ店、
年中タキシードを着ている初老の男、ほかの連中が怪しすぎて
それほど怪しいと思わなくなったドジョウひげの男、
毎週土曜日にはずっと「とんぼ」のイントロ部分を歌っている男
の部屋になっている。もう慣れた。
家賃はとんでもなく安いが、これらの面子が一日も遅れず家賃を
持ってきてくれるので、まあよかったと思うようにしている。
部屋を出た。
とんぼが聞こえてきたから土曜日だと再確認できた。
歩いて10分の図書館へ向かう。
アパートへ帰ってきたと思われるドジョウひげと遭遇した。
「大家さん、どこ行くか?」
「ああ、図書館。」
「図書館行くか。あんなところ、本しかないのに。」
「そうだね。確かにそうだね。」
「まあ行てらしゃい」
大きい鉄鍋を両手にひとつずつ持ったドジョウひげは、まったく
ニコリともせずあっちに歩いて行った。
もう慣れた。
」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
続けるのか?