夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「恋する魔法使い」-5-

2017-03-21 14:21:59 | 自作の小説
ーこれが レイダンドの国かー
寝不足気味の頭に吹く風を心地よく感じながら 歌うたいのベルナーは目を閉じている
城のある丘からは遥かに海も見える

昨夜遅くー寝る部屋まで案内してくれたロズモンド
寝具にきちんと陽(ひ)の匂いがするちゃんとした物が用意されていること
目覚めた時の飲み物の確認までしてくれてから
「ゆっくりお休みになれますようにー」
彼の頼みも引き受けてくれて去っていった

あの優しい声がまだ耳の奥に残っている

ロズモンドはすぐさま手紙を渡してくれたようだ
ベルナーの部屋に直接 メリサンドを従えたレイダンド王のディスタンが訪れたのだから

ーお前の顔を見れば その姿を見れば その歌声を聞けば・・・・・あの方々を知る人間であれば・・・・
お前が誰かは分かる お前が本当は誰なのか
それほどにお前は苦しいほどに彷彿とさせる
あの懐かしい方々 二度と会えぬ方々ー

ディスタン王は言った「君のご両親の名前が知りたい」

ディスタン王が受け取った手紙は 砂漠の向こうの領域の長老からのもの
手紙の他には ディスタン王が忘れられない品が入っていた


レイダンドのランデール
その名を聞くだけで敵は縮み上がった
その兄ランデールが不慮の死を遂げて急遽王となったディスタンは行方不明のランデールの息子を探し続けていた

美しいクリスタベル
ランデールの親友で片腕でありながらークリスタベルへの恋情に悩んだアスザール
遂に彼はランデールとクリスタベルの子供を盗んで逃げた

何故かランデールはアスザールを追おうとはせず
その子の行方も探さなかったが
クリスタベルは悲嘆にくれた


「この手紙に入っている これは・・・・・レイダンドの紋章の入ったこの指輪は 見間違えることはない
わたしが兄に贈ったものだ
ランデールは産まれた子供にお守りだーと

わたしは一度も自分がこの国の王だと思ったことはない
いつか見つけて・・・その子に渡すまで預かっているつもりだった」


「ディスタン様 あなた様は立派な王です」
歌うたいのベルナーはディスタン王の前に膝をつく

「砂漠の向こうの領域でアスザールは魔法使いに戻りました
僕はアスザールの養い子
魔法使いのアスタリオンとして育ちました

アスザールは死ぬ前に僕の身の上についても教えてくれました

戦いに敗れはしたもののアクシナティのコキンタクはランデールとその子供の命も狙っていてー

アスザールは僕の命を守る為にー汚名を着てーコキンタクの手が及ばぬ場所へ

アスザールは全ての名誉を捨てました
僕を無事に育てる為だけにー


魔法使いアスタリオンのこの僕が・・・歌うたいのベルナーと名乗りレイダンドの国を訪れたのはー
アクシナティがこの国を攻撃するーとの情報が入ったからです
あの領域には様々な情報が集まります

微力ながらこの国を守る為の戦力として 魔法使いアスタリオンとして参りました

何事も起きなければ 僕はただ歌うたいのベルナーとして去っていきます」

「しかし! しかし!」

「ディスタン王 あなたは立派なレイダンドの王です
長く平和に国を治めてこられました

僕は・・・・・父や母やアスザールの愛した国を守りたい
そして叔父上や従妹達にも会ってみたかった

夢はかないました

僕の願いはこの国の平和と皆様の幸福」


ぐおぅ・・・・声にならない叫び声と共にディスタン王は 歌うたいのベルナーで魔法使いのアスタリオンの体を抱きしめた 力いっぱい
「その髪の色と瞳 面差しはクリスタベルに・・・・・
ただ体つきや声は・・・兄に ランデールにそっくりだ
兄もいい声をしていた
戦いの前の兄の言葉は兵士を鼓舞し雄々しく力づけた

たくみに楽器を扱い深い声で歌い


わたしは 兄が大好きだった

何年も何年もお前を捜した
兄の一人息子を
ずっと探していたんだよ」


「有難うございます
まだ僕の身の上については秘密にしておいてください
魔法使いということも 何かの切り札として秘密にしておきたいんです

女官長メリサンド様 何卒よろしくお願い致します」


それからベルナーについてはディスタン王の直属の密偵ということで この国を守る立場の人間にもベルナーは紹介された

あれこれ決めることもあり そこそこには寝たはずなのに動いていないと眠くなってくる


「昨夜というか明け方まで動いておられたようですが お体を壊されますよ」
ふわさっとベルナーの上に布が落ちてきた

「メリサンド女官長・・・すみません」有難く布にくるまりながら「ああ・・・陽(ひ)の匂いだ
部屋の寝具も気持ち良くて よく疲れが取れました 有難うございます」

「お客様に気持ちよく休んで頂けるように目を配るのも女官の仕事ですから」
こともなげなメリサンド

「あなたこそ 休まれたのですか」

「女官長ともなるとね 少しは下の者に仕事を任せられるんです
わたしにはロズモンドもおりますしねー」

「ロズモンドは特別な?」

「ああ・・・娘ですから」メリサンドは目元を和ませた「わたしだって恋をしたことはあるんです
うまくいきませんでしたけれど
あの娘(こ)が居たから・・・リザヴェート様の乳母となり現在につながっています」

「だから・・・あれこれ 動いておられる」

くすりとメリサンドは笑う さっきも四人の姫君にとっちめられないうちに席を外してきたのだ
「気が付いていましたか・・・・・わたしの恋はうまくいかなかったけれど姫様方には幸せになっていただきたいのです
普通に出会って恋して愛し合う
それが理想ではあるのだけれど
姫様方にはお立場がある
そのお立場に似つかわしい・・・相応しい方と愛し合えるならば・・・・・

従者を見ていると ある程度ついている人間のことはわかりますしね
従者をどう扱っているか 従者がどう仕えているのか」


「僕にはあなたのうまくいかなかった恋の相手には何か理由があったように思えます
レイダンドのお姫様達はお幸せだ
あなたのような方が傍におられて」

「それでもおられない母上様の代わりにはなれませんけれどね」

「どういう恋であったのか 尋ねるのは失礼なことでしょうか」


「随分 昔の話です わたしは女官長をしていた母の下で女官をする話になっていました
三日三晩踊り続けるお祭りがあって・・・
そこであの方に出会いました
黒髪に・・・・・ロズモンドと同じ金色に緑きらめく不思議な瞳
その強い眼差しに わたしは一目で恋に落ちました

祭りが終われば お城へ 母の元へ行かねばならない

束の間の・・・この時だけの恋
祭りが終われば終わる恋

覚悟をしていたつもりでーわたしはあの方から離れられず
重要な仕事があるというあの方も 一度故郷へ帰らねばならず

わたし達は約束をしたのです
会う場所と時間とを決めて

でも約束の場所にわたしは行けませんでした

母に閉じ込められて

お腹にはロズモンドがいて・・・・強情張って わたしは産みました

ー邪魔するならお腹の子供ごと死んでやる!-

産んだわたしはリザヴェート姫の乳母となることとなりーお城にー

それっきりです

あの方が約束の場所に来たのか 来なかったのか

長い月日が経ちました
わたしのことは忘れてしまったことでしょう

ただの若気の至りーとして」

「でもメリサンド女官長 あなたは」

「わたしにとっては ただ一度の ただ一つの恋です
ロズモンドはあの方と同じ瞳を持っているのですもの」
指先で浮かんだ涙をぬぐうと微笑んで明るく言う「だからこそ 姫様方にもロズモンドにも
幸せな恋を・・・と願ってしまうのです」


その後 きびきびした態度に戻り「さぁ昔話はおしまい
姫様方は剣も弓矢も 実は揃ってお得意です
このわたしも鍛えてさしあげましたからー」

「メリサンド女官長?!」

「ロズモンドは若い頃のわたしにとっても似ています
母親が閉じ込めておかずにはいられないはねっ返りでしたもの
わたしがロズモンドの父親と出会ったきっかけも祭りの弓矢での的当てだったんです

これで・・・ね 小さな頃は叱られても叱られても男の子達を子分にして野原を駆けまわっておりました
娘には内緒ですよ」

ひどくいたずらっぽく笑うメリサンド女官長
男が一目で恋に落ちるほど さぞや魅力的な少女だったのだろうーとベルナーは思う