「髪切った?」
ここのところ、1週間以上、毎日娘に会いに行くたび、彼女は、私にこう問いかける。
昔のことは覚えていても、最近の記憶、短期記憶がない。
だから、彼女は、毎日自分が思ったことを言う。
昨日も聞かれた。
でも、昨日の聞き方は少しだけ違っていた。
「あのさ、ひょっとすると、私、前にも聞いたかもしれないけど、…。」
という前置きがあった。
ははあ、あれだな、と思ったので、娘の口調に合わせて、私も言葉を発してみた。
「髪切った?」
娘の声と、私の声が重なり、思わず二人で笑い合った。
私が散髪に行ったのは、8月16日であり、娘が初めて気づいたのは8月21日だったこと。
その後具合が悪くなって、また言い出したのは26日あたりからだったこと。
その後ずっと、毎日顔を合わせるたびに聞かれていること。
こういうことを毎日説明していること。
などを、娘が悲観的にならないように配慮しながら話してやった。
「でも、今日は、『前にも聞いたかもしれないけど』って言ったね。そんな気がしたの?」
「うん。私、全然記憶がないの。」
「そうだよなあ。それで困っているんだよね。記憶がなくなるから、入院しているんだけどね。」
その言葉に、娘はうなずく。
娘は、調子がよさそうな時、時々自分の状況について、すばらしい表現をする。
「夢の中にいる自分が夢を見ている感じ。」
「頭が、働いてほしい時は働かないで、働かないでほしい時は勝手に働いている。」
「今、これは現実だな、と思ったけど、でも今は学生ではないから、やっぱり現実ではないことを考えていたみたいだ。」
昨日は、だいぶよい方の会話ができた。
「じゃあ、私はさっき車の運転をしていて、ガソリンスタンドでポイントカードにはんこをもらっていたけど、それも夢ってこと!?」
「今年、長岡花火を見に行った気がする。」
「8月2日・3日は、ここに入院していたのだから、今年は行っていないんだよ。」
「でも、行った気がする。」
娘が入院したのは5月29日であることや、その日のカレンダーに、「朝頭痛 職場で倒れる→救急車で病院入院」と書いてあることなどを見せると、食い入るように文字を見つめていた。
その後も、入院中についての様々な話をしたのだが、
「でも、私、ここで寝るのは、今日が初めてだよね。」
などと言う。
「いや、もう2か月以上ずっとこのベッドで寝ているんだよ。」
と応える私の言葉に、信じられないような顔をするのだった。
でも、およそ2週間ぶりに、まともな会話が多くできたと思う。
車椅子に乗せられ、数メートル先の洗面台まで歯みがきをしに行って戻ると、もうその場所が新しい場所に感じてしまう娘。
少しずつでも、短期記憶が積み重なっていってほしいと願う。
「前にも聞いたかもしれないけど…」などという前置きをできるようになったのは、自分の現状を認識できているからだと思う。
けいれんが起きずに、こうした感覚が、少しずつ増えていってほしいと願っている。
けいれんさえ起きなければ、一般病室に移れるのだ。
少しぐらい混乱が見られても。
さて、けいれんは…。
今日4日、午前中また全身けいれんが起きたのだということを、看護師さんから聞いた。
歯磨き中に、急に起こったのだとか…。
最近は、気持ち悪さや吐き気を訴えることが多かったのである。
がっかりである。
そのせいか、今日の夕飯時に行くと、食欲がなく、御飯だけ3分の一くらい食べただけで終わってしまった。
…。
…。
でも、でも、娘は、今日も私に聞いてきた。
「ねえ、髪切った!?」
明日で、娘は、入院100日目を迎える。
ここのところ、1週間以上、毎日娘に会いに行くたび、彼女は、私にこう問いかける。
昔のことは覚えていても、最近の記憶、短期記憶がない。
だから、彼女は、毎日自分が思ったことを言う。
昨日も聞かれた。
でも、昨日の聞き方は少しだけ違っていた。
「あのさ、ひょっとすると、私、前にも聞いたかもしれないけど、…。」
という前置きがあった。
ははあ、あれだな、と思ったので、娘の口調に合わせて、私も言葉を発してみた。
「髪切った?」
娘の声と、私の声が重なり、思わず二人で笑い合った。
私が散髪に行ったのは、8月16日であり、娘が初めて気づいたのは8月21日だったこと。
その後具合が悪くなって、また言い出したのは26日あたりからだったこと。
その後ずっと、毎日顔を合わせるたびに聞かれていること。
こういうことを毎日説明していること。
などを、娘が悲観的にならないように配慮しながら話してやった。
「でも、今日は、『前にも聞いたかもしれないけど』って言ったね。そんな気がしたの?」
「うん。私、全然記憶がないの。」
「そうだよなあ。それで困っているんだよね。記憶がなくなるから、入院しているんだけどね。」
その言葉に、娘はうなずく。
娘は、調子がよさそうな時、時々自分の状況について、すばらしい表現をする。
「夢の中にいる自分が夢を見ている感じ。」
「頭が、働いてほしい時は働かないで、働かないでほしい時は勝手に働いている。」
「今、これは現実だな、と思ったけど、でも今は学生ではないから、やっぱり現実ではないことを考えていたみたいだ。」
昨日は、だいぶよい方の会話ができた。
「じゃあ、私はさっき車の運転をしていて、ガソリンスタンドでポイントカードにはんこをもらっていたけど、それも夢ってこと!?」
「今年、長岡花火を見に行った気がする。」
「8月2日・3日は、ここに入院していたのだから、今年は行っていないんだよ。」
「でも、行った気がする。」
娘が入院したのは5月29日であることや、その日のカレンダーに、「朝頭痛 職場で倒れる→救急車で病院入院」と書いてあることなどを見せると、食い入るように文字を見つめていた。
その後も、入院中についての様々な話をしたのだが、
「でも、私、ここで寝るのは、今日が初めてだよね。」
などと言う。
「いや、もう2か月以上ずっとこのベッドで寝ているんだよ。」
と応える私の言葉に、信じられないような顔をするのだった。
でも、およそ2週間ぶりに、まともな会話が多くできたと思う。
車椅子に乗せられ、数メートル先の洗面台まで歯みがきをしに行って戻ると、もうその場所が新しい場所に感じてしまう娘。
少しずつでも、短期記憶が積み重なっていってほしいと願う。
「前にも聞いたかもしれないけど…」などという前置きをできるようになったのは、自分の現状を認識できているからだと思う。
けいれんが起きずに、こうした感覚が、少しずつ増えていってほしいと願っている。
けいれんさえ起きなければ、一般病室に移れるのだ。
少しぐらい混乱が見られても。
さて、けいれんは…。
今日4日、午前中また全身けいれんが起きたのだということを、看護師さんから聞いた。
歯磨き中に、急に起こったのだとか…。
最近は、気持ち悪さや吐き気を訴えることが多かったのである。
がっかりである。
そのせいか、今日の夕飯時に行くと、食欲がなく、御飯だけ3分の一くらい食べただけで終わってしまった。
…。
…。
でも、でも、娘は、今日も私に聞いてきた。
「ねえ、髪切った!?」
明日で、娘は、入院100日目を迎える。