白土三平というと、忍者もののマンガ家というイメージがある。
子どものころ、テレビで放送されたアニメは「サスケ」だった。
もともとは月刊誌の「少年」で連載していたが、放送されていた頃は、週刊少年サンデーに連載されたのを思い出す。
それ以前に少年サンデーでは、「カムイ外伝」の連載があったことの方が印象が強い。
ほかに、週刊少年マガジンには、「ワタリ」というマンガも連載されていた。
高校3年生のとき授業中に、日本史の先生が、白土三平の作品は読んだ方がよい、という話をしたことがあって、それでびっくりしたことがあった。
あの当時、先生がマンガを勧めるなんてなかなかないことだった。
同じ高校の現代国語の若い女性の先生なんて、マンガより日本や世界の名作文学を読めとやかましかったから、日本史の先生の言葉は、驚きだった。
勧められたのを覚えていて、後年「忍者武芸帳 影丸伝」か「カムイ伝」のどちらかはすべて読んだのだった。
だけど、どちらか一方は、読んでなかったのだよなあ。
その作者の白土三平は、2021年に89歳で亡くなってしまい、すでに故人である。
このたび、図書館の棚に、「白土三平伝 カムイ伝の真実」という本が置いてあった。
2011年の7月に第1版が発行の本だった。
著者は、「毛利甚八」という人物。
よく知らないなあと思いながら、著者の紹介に、「1987年よりマンガ『家栽の人』(画・魚戸おさむ ビッグコミックオリジナル)の原作を担当する。」とあった。
ああ、あの「家栽の人」の原作者だったのか、と思い出した。
あの作品は、植物好きの家裁の判事が、少年事件の解決と更生に取り組む姿を描いたもので、私も好きな作品だった。
たしか、テレビドラマ化されて、片岡鶴太郎が主役を演じたはずだ。
その毛利氏が白土三平の何を書いていたのだろうと、気になって借りてきた。
白土三平の生い立ちから2011年当時までの人生が描かれていた。
白土氏の父親は、プロレタリア美術運動に身を挺した画家岡本唐貴だった。
岡本は、特高から受けた拷問により体を痛め、家族は極貧となり、耐え忍ぶ生活だった。
各地を転々として暮らす一家。
時には家族と離れ離れになりながら暮らした少年時代の様子。
食べるものを得るためにした大変さの数々。
父親の思想の影響や空腹の体験が、白土三平が、弱者の側からの作品を描き続けた背景となっていたと知った。
白土三平は、やがて紙芝居作家として独立し、やがて貸本屋マンガを描くようになり、漫画家デビュー。
その後、マンガ雑誌「ガロ」を創刊し、そこで「カムイ伝」をすごいペースで描き始めた。
そして「神話シリーズ」や「カムイ伝第2部」を描いた話へと続く。
あちらこちらで出てくるのが、白土氏の房総の海での自然生活である。
著者の毛利氏は、長い時間をかけて白土氏と関係をつくり、白土氏の人生を聞き出した。
本書は、白土氏の父・岡本唐貴の生涯からはじめ、ずっと白土氏の足跡を追いかけて、ていねいに彼の作品のルーツを探った力作と言える。
房総の生活で得た漁法や調理法などが、作品に反映されていると書いていることも、白土氏の生活に入り込まんだからこそ書けたことである。
本書は最終的に白土三平に読んでもらい、事実と違う部分は全て削除・修正した上の出版だったという。
なかなかの評伝だった。
その後、毛利甚八氏は、どうしたのかなと思って調べてみたら、2015年に食道がんで亡くなっていたことを知った。
享年は57歳であった。
「家栽の人」の主人公の判事そのままに、非行少年の未来の可能性を信じた人だったようだ。
亡くなった記事には、毛利氏が、少年事件の厳罰化の流れに反対し、少年院などを通した更生の可能性を発信し続けたことが書かれてあった。
二人とも故人となり、本書「白土三平伝 カムイ伝の真実」は、白土氏にとっても、毛利氏にとっても貴重な1冊となっている。