ON  MY  WAY

60代になっても、迷えるキツネのような男が走ります。スポーツや草花や人の姿にいやされながら、生きている日々を綴ります。

前川清の「昭和から」が気に入っている

2023-03-25 21:34:38 | うた

過日、NHKの歌番組「うたコン」を見ていたら、前川清が歌っていた歌が気になった。

その曲名は、「昭和から」という。

歌唱する前川清本人の声が少しかすれたりしていたけれども、なんだかいいな、と思った。

YOUTUBEで何度か聴いた。

 

歌は、

電話のダイヤル回す指が震えた 声を聞くだけで幸せだった

駅の伝言板に君の名前を書いた 君はやがてそこにサヨナラと書いた

…と始まる。

 

ダイヤルを回す電話、懐かしい。

家の電話だけはもちろん、赤色の公衆電話も、緑色の公衆電話BOXの電話も、電話は皆ダイヤルを回してかけるものだった。

10円玉を貯めて、情け容赦なく落ちていく硬貨の音を聞きながら好きな子に電話していた時代が確かにあったなあ、と思った。

 

あの頃は、私鉄でも「国鉄」でも、駅に伝言板はつきものだった。

そこにはいろいろなことが書かれていたっけ。

駅や伝言板が男女のすれ違いや別れの場所になったことも、たしかに多かった。

今は、伝言板はなくなって久しい。

 

あの日貧しかったけどあきらめなかった

あの頃夢は次々と生まれては消えてった

僕は昭和から来て 今未来にたどり着いた

まだ終わらない物語を も少し読んでみようか

 

あの頃の思い出をたどりながら、「僕は昭和から来て 今未来にたどり着いた」と人生を歩んできて今があることを歌っている。

 

2番の出だし。

手紙の下書き書いては消して 出せないまんまちぎって捨てた

原っぱに仲間とごろりと寝転んで 星を見てたら涙がこぼれた

苦しかったけど自分を捨てずに済んだ 

誰かがそっと遠くで支えてくれてた

好きな人へ思いを表そうと思って手紙を書いてみるが、やはり思いをうまく書くことができない。

やっとの思いで書き上げた手紙も、こんなのではダメだ、と結局、破いて捨てる。

そんな経験、たしかにあった。

そして、なんだかんだ言っても、自分の周囲にいた友だちが自分の悩みや辛さをわかってくれた。

そのことに救われて生きていられたこともあった。

 

遠くから支えてくれたのは、友人ばかりではない。

僕は昭和から来て 今未来を生きているんだ

故郷行きの夜汽車は消えて ああ故郷がほどけてゆく

昔はあった故郷行きの夜汽車。

その向こうには、父や母、家族や友人がいた。

ひと駅ひと駅と故郷の駅に着くのを待ち遠しい思いで、ガタンガタンと揺られていたっけ。

今も走っている夜汽車は少ない。

 

3番は、昭和を共に過ごしたが、令和の今では亡き友人に向けて語る内容だ。

亡き友の懐かしい声が聞こえる

まあお前は慌てず急がずのんびり来いと

僕は令和まで来て まだ少し未来があるようだ

お前の分まで生きてやるよと 一人で酒を酌む

お前の分まで生きてやるよと 二人で酒を酌む

 

かつて何度も酒を飲み語ったのに、今は故人となってしまった友人がいる。

そいつを思い出しながら飲むと、声が聞こえるような気がしてくる。

心の中に、そいつが話しかけてくるような気がして、対話を繰り返す。

そして、「お前の分まで生きてやるよと」一人つぶやきながら飲むが、気分は二人で飲んでいるつもりになって酔いに落ちている。

 

いい感じの歌だなあ。

そう思って、少しだけ調べてみると、作詞作曲は、前川清と同郷長崎のさだまさしだった。

なるほどなあ。

さすが、さだまさし。

いい詩を書くよ。

曲調も、前川清の歌唱にぴったり合っている。

 

そうだ。

自分も、まぎれもなく昭和から来た人間なのだ。

だからこそこの共感なのだな。

私も昭和から令和まで来た。

「まだ少し未来がある」

しっかり生きていかなくちゃな。


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