子どもの時代というと、やっぱり小学生だった頃を連想することが多いと思う。
私は間違いなくそうなのだが、そのころいじめにあっていたことを抜かせば、やはり懐かしく思うことが多い。
何かの折に、「おじいちゃんの小さかったとき」という絵本が紹介されているのを読んだ。
「おじいちゃんの小さかったとき」は、2019年に出された改訂版だ。
発行元の福音館書店の紹介には、こんなふうに書いてある。
ビー玉、めんこ、チャンバラ、イナゴとり……どれも昭和の懐かしい暮らしの一つ一つです。 この本は、1950年代から1960年代ごろの子どもたちの暮らしを描いた『父さんの小さかったとき』(1988年刊行)をあらためて作り直した本です。 ぜひ、お孫さんと一緒のときにこの本を広げて、一緒に読みながら、ご自身の昭和時代の体験を語ってあげてください。大好きなおじいちゃんの言葉が子どもの心に深く染み渡ります。★★★本書は1988年刊行の「父さんの小さかったとき」待望の改定版です。
なるほど。
1950年代から1960年代ごろの子どもたちの暮らしを描いた、ということなら、もろに自分の子ども時代と重なるではないか。
著者は、秋田県旧角館町出身の塩野米松氏で、絵を描いたのは新潟県長岡市出身の松岡達英氏という。
2人とも日本海側の県出身だし、角館と長岡と言えば雪国だから、冬のこともよく知っているだろうなと思った。
読んでみたいなと思って、最寄りの図書館で検索してみた。
すると、「おじいちゃんの小さかったとき」は、ないということがわかった。
残念だなアと思ったが、ちょっと待て。
それなら改訂される前の「父さんの小さかったとき」もないのか?
と思って、探してみると、あった!
1988年発行の「父さんの小さかったとき」の本が。
さっそく借りてきた。
これは、出版社の紹介では、「親子で」とか「お孫さんと一緒に」とか言っているけど、実はわれわれ世代にとって、本当に懐かしい子ども時代の生活の絵本だった。
子どものころ、夢中になって遊んだ。
その遊びや遊び方が書いてある。
めんこやビー玉は、よく出てくるが、私が子どものころ好きだった「くぎ打ち」も書いてあった。
本書では、「かこみくぎさし」という遊び方として紹介されているが、これは間違いなく私らがやっていた「くぎ打ち」。
大きめのくぎを使って、グラウンドの土の上でよくくぎを投げて地面に刺し、その点を結んで遊んだものだった。
私は、めんこやビー玉は弱かったが、くぎ打ちは少しだけ得意だった。
ほかにも、すもうをとって遊んだことや馬とびについても書かれてあった。
馬とびは、2組に分かれて、飛んで乗ったり乗ってきた相手達を落とそうと揺らしたりして、あの当時は熱中する遊びの一つだった。
遊び道具を自分で作ったりするのも、楽しい遊びの一つだった。
男の子は誰でも「肥後守」という小型の折り畳みナイフを持っていて、それでなんでも作って遊んだものだった。
私らは「えのみ鉄砲」と呼んでいたが、しの竹で作った鉄砲もよく作って遊んだ。
エノキの実を弾にするから「えのみ鉄砲」だったのだ。
冬は、雪の遊び。
本書では「きんこ」と呼んでいるが、私らは「ダマ」だった。
「雪玉」からの転語だったのだろうなあ。
いかに固く強い雪玉を作るか、結構工夫したものだった。
こうして、遊びのことがかなりたくさん書かれてあった。
それ以外に、衣食住の生活のことも多く紹介され、本当に懐かしかった。
今は見なくなった靴についても書いてあった。
ゴム製の「短靴」である。
あのころの男の子は、みんなゴムでできた黒い「短靴」をはいていた。
私は、親が買ってくれた運動靴を普段の履物にしていたのだが、それよりも安くてほとんどの同級生たちがはいているゴムの短靴が欲しくなって、高学年のころに初めて買ってもらったときは喜んではいて遊んでいたものだった。
文を書いた塩野さん、絵を描いた松岡さん、ともにこういう時代を過ごしてきたのだろうなあ。
だから、気づかいや心づかいが細部にわたって感じられた。
昔を懐かしんで、それがどうした、という人もいることだろう。
だけど、自分が生きてきた時代やその様子と現代を比べて見るのも悪くない。
生きてきた時代を、自分の子ども時代を大切にしているような気がしてくる。
だから、「父さんの小さかったとき」を、時代の推移に合わせて「おじいちゃんの小さかったとき」として改訂版にして刊行してくれたのは、ありがたい措置だなあと思う。
どちらにしても、われわれの年代にふさわしい絵本だよ。