その人は、本当の父の顔を知らない。
その人の父は、その人の顔を見ないまま亡くなった。
それは、戦争のせいです。
……
母のおなかの中にいた時、その人の父に『召集令状』が届いた。
それからしばらくして、母は、その人を生んだ。
そして、8月15日、戦争は終わった。
母は、夫の帰りを待った。幼子、乳飲み子を抱え、田畑を耕しながら…、
しかし、夫は帰らず、『フィリピンにて、戦死』 という知らせだけが届いた。
遺骨も、遺品も何もない。紙切れ1枚で、どう信じろというのか。
しかし、3人の子供を抱え、田畑を耕しながら、か細い女性が1人生きていく、という事は、簡単なことではないはず。
戦死した夫が長男であったことから、家の跡継ぎのこともあり、その人の母は、亡くなった夫の実の弟と結婚することとなった。
……
その人には、2人の弟ができた。
後の父は、兄の子も実の子も、分け隔てなく、育ててくれた。
でも、その人が成人する前に、その父も病気で亡くなった。
母は、若くして、2人の夫を亡くしたことになる。
『召集令状』 と 『フィリピンにて戦死』
母の人生を翻弄させたたった2枚の紙切れ、
思うに、夫の戦死を確信できないまま再婚をしたその人の母の毎日は、どんな気持ちだったのだろうか?
もし、戦死と言われた夫が、戦地から帰ってきたら…、
そんなことを考えたら、安息の日々とは言えなかったのでは…?
後の父もそういう思いが、時にはあったかもしれない。
戦争さえなければ、こんなことは起きなかった。
戦争が、平凡な日々を奪ってしまった。
戦争を、起こしてはいけない。
どんな理由も、戦争をする理由にはならない。
私が伝え聞いた戦争のこと、伝えなくてはと思い書きました。