kohは今日も元気です

思うようにブログアップが出来ませんが、俳句のこと、テレビ番組のこと等、日常をぼちぼち書いていきます。

さて、どんなコマ?

2010-01-31 01:02:59 | 京都

さてこれは、どんな色柄のコマでしょうか?

 ①   

       

      

       

       

①のコマは「ニュートンの7色コマ」 です。

  7色は消えて灰白色一色になります。

  「ニュートンの7色円板」 として有名だそうです。

  日光中の7色を混合すると、元の白色となる現象を示しています。

  例えば、各々の扇形の面積を変えたり、どれかの色を白っぽくすると、

  その余色関係にある色の傾向が灰白色の中に現れます。

    

  (余色:  補色とも言う。

       二つの色を一定の割合で混合して、光の場合は白色、

        絵具の場合は灰色になるとき、一方の色を他方の色に対していう語。)

       

       

②のコマは「ベンハムのコマ」 です。

  これには、白黒の模様です。

  ところが、回り出すと、うす茶、栗色、紫、黄色、ピンクなどが現れます。

  人間の網膜を通じて視神経に反復刺激を与える事によって生ずる

  色彩感覚の一種だそうです。

  こうして、感じる色を「主観色」 といいます。

      

どうして、突然こんなことを言い出したかといいますと、

京都の、高瀬川のほとりを先日歩いていましたら、

島津製作所の、「創業記念資料館」 という建物がありまして、

ちょっと覗いてみたくなり、そしたら、「ニュートンの円板」 の展示に

合わせて、このコマを販売していて、ついつい買ってしまい、それで、

説明書を見ていて、ついついブログにしてしまった訳です。(^_^;)

   

ですので、小難しいこれらの理屈を知っている訳ではないのです。

すべて、島津さんからの受け売りです。

エッ? 『 そんな事言わんでも分かってる! 』 って?

ハッ、失礼いたしました。m(__)m 

      

で、こんなコマでした。

   

Img_3445

     

よければ、↑ これをコピーして、コマを作って試して下さいね。(^^♪       

    

ただ、肉眼で見るのと、カメラを通して見るのとでは、多少色合いが違う様に

感じます。

ベンハムのコマにピンク色や黄色は見えませんでした。

ご覧頂いている皆様、どうでしょうか?見えます?

     

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龍馬点⑥

2010-01-30 18:50:50 | 旅行

土佐の言葉で「はちきん」 というのがあるそうです。

     

”男勝りで元気がよくて、サバサバして毒舌のところもあるけれど、

面倒見がよく、ほんとは優しい女性” のことだそうです。

       

もうだいぶ前、私は松山千春のコンサートを見るために、高知に行きました。

   

高知にはひとり知り合いがいまして、そのご主人が亡くなられたので、

お線香を上げさせてもらうのも目的で高知へ初めて行きました。

この人のお姉さんが正に「はちきん」 でした。

    

私が、行くと聞かれてお姉さんは知り合いのタクシーの運転手さんを呼び、

その方のタクシーで…、タクスゥイーですよ! 

高知市内を観光に連れて下さいました。

    

いつも申しておりますように、私はイタい「雨女」 です。(T_T)

その日も雨が降りました。

     

そんな中、私の希望の「桂浜」 に連れて行ってもらいました。

     

070614_14430001_2

   

♪ 見ませ見せましょ 

  浦戸をあけて

  月の名所は桂浜

  よさこい よさこい

  

の桂浜は その日も 雨だった ♪

と歌が変わってしまいましたが…、

     

携帯電話に、唯一この「桂浜」の写真が残っていました。

日付は、2007年6月14日

その頃は、デジカメも持ってなかったのです。

「思い出は心の中に~」 なんてキザな事、言ってました。(^_^;)

     

   

桂浜には大きな龍馬像(立像)があるのは有名ですが、

知人のお姉さんの説明では、龍馬像は太平洋のその向こうの、

アメリカの「自由の女神」 の方角を向いて立っているとのことでした。

お姉さんは、知人と比べ、土佐弁の強い方で、

  

『この龍馬さんはアメリカの自由の女神の方を見ちゅう言うき。」

の様な感じで、語尾に特徴がある話し方で、

「土佐やなあ~、ええもんやなあ~」 と感激したものでした。

   

龍馬記念館の展望台でも雨も降っているし風も強く、殆どガラス越しに

部屋の中から、太平洋を眺めました。

     

こういう、広大な景色を毎日見ていると、人生観も変わるでしょうね。

もう一度、行きたいなあ~  (@_@。

    

今度行けたら、雨でも何でも、私もアメリカの自由の女神像を見つめてみよう

   

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龍馬点⑤

2010-01-28 18:55:19 | 京都

TV視聴率ランキング、1月18日~24日 関西地区で、

NHK大河ドラマ「龍馬伝」 は堂々の1位でした。

今回、24.2%と、上り調子です。(1回は21.4% 2回は22.2%)

            

こちら、貧相ですが、龍馬点⑤ (^_^;)

先日行った続きですが、京都の繁華街「四条河原町」 辺りから、

河原町通りを北へ歩いて行きました。

相変わらず、大勢の人出です。(京都としてはですが…)

      

「近江屋跡」 坂本龍馬終焉の地です。

    

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京都市中京区河原町通蛸薬師下る

近江屋は醤油商。 今は、コンビニエンス・ストア。

    

慶応三年(1867)十一月十五日、

土佐の坂本龍馬は、中岡慎太郎と共に、この近江屋で京都見回り組の

襲撃を受けました。

龍馬は即死、中岡は数日後、亡くなりました。

       

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コンビニを覗きますと、真正面に「龍馬グッズ」 が沢山並んでいました。

    

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ここから、河原町通りを挟んで向かい側、少し南に「中岡慎太郎寓居跡」

の石碑があります。 

     

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この中岡慎太郎の住んでいた「書林菊屋」の息子さんで、峰吉という人物が、

近江屋での騒動後の第一発見者だったそうです。

今は、「象」 というあぶら取り紙屋さんになっています。

     

写真を撮っていても、人の往来が激しく、夜になるに連れ、

増えていく様な気がします。

当時、この河原町通りは、どんな風だったのでしょうか。

   

最近私は、未来よりも過去を見てみたい気持ちにかられます。

またまた、年のせい?でしょうね。(T_T)

      

     

   

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円山公園内のいろんなもの

2010-01-28 00:22:12 | 京都

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円山公園は池を中心にした回遊式日本庭園です。小さな滝や川も流れています。

今は、すべてが冬枯れで、寂しいですね。

    

Img_4859_2 円山公園音楽堂(野外)

外からのぞいて撮りました。

      

Img_4864 京料理いそべ

    

Img_4873 いもぼう料理の平野屋

    

いそべといい、平野屋といい、私が連れてもらったのはいつも法事の時でした。(+o+)

     

Img_4874 海老いもと棒だら

     

この二つを炊き合わせたのが 「いもぼう」 です。

他にも、湯豆腐屋さんなど、京料理のお店が園内の通りに面して建っています。

       

こんなものを見ました。

どうやら、いつも止まっているらしいです。↓

かっこいいですね。(^^♪

   

Img_4870

    

      

坂本龍馬を訪ねてきた事を忘れてる訳ではないんですよ。(^_^;)

でも、この後、遅い昼食を摂って、河原町通りの方へ行きました。

そこにも、いくつかの龍馬さんの生きた証があるはずです。

     

     

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龍馬点④

2010-01-27 23:08:02 | 京都

どうも、お墓だったり血生臭かったり暗い話ばかりですみません。

龍馬の生きた時代は、たぶん日本の暗黒の時代で、

京の町は殺りくの舞台となったため、この様な所が多くあるのでしょうが…。

     

今日は、「円山公園」 

少しは、明るいこともご紹介できるチャンスかと、頑張ってみます。    

   

霊山(りょうぜん)から円山へと移ります。

京都盆地は三方を山に囲まれています。

その、東にある山並みを「東山三十六峰」 と呼びます。

     

「ふとん着て 寝たる姿や 東山」 と歌われている様にとてもなだらかな山が

連なっている山脈です。   

その中に、「霊山」(りょうぜん)、「円山」(まるやま) という山が隣り合わせで

あります。

その山すその「円山公園」 

私が小学生の頃は、近所の友達といっしょに夏休みの「植物採集」のために、

円山公園の後ろの山に入って集めて帰ったものでした。

シダとか…?シダとか…?  まあ、いろいろ集めて帰りました。(^_^;)

    

   

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Img_4867_2 祇園しだれ桜

     

もちろん今は冬で花も葉も付けていませんので…、やっぱり暗い話で、

ここは、お花見の名所です。

4月になれば大勢のお花見の人で、たいへん賑わいます。

     

そのしだれ桜を見つめるかのようにその横に、

    

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坂本龍馬と中岡慎太郎の銅像が立っています。

昭和11年、高知県人会有志によって建立されましたが、

第2次世界大戦の時、取り壊されました。 

その後、昭和37年に再建されたものが現在の像です。

(同じ形で小さくした像が、お墓の横にもありました)

   

龍馬は身長174㎝位と、当時、かなり背が高く、二人を立たせると

バランスが悪いので、中岡慎太郎の像は座った形にしたそうです。

      

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『 中岡さん、しだれ桜の元気がないぜよ 』

     

そうなんです。

このしだれ桜は、2代目で樹齢80年位なのですが、鳥の害などで

弱ってきているそうです。

ちなみに1代目は昭和22年、樹齢220年で枯死してしまったそうです。

2代目は、1代目からの実生で育てられました。

この桜を育てたのは、京都の「植藤(うえとう)造園 15代目 佐野藤右衛門さん」

「桜守」 と呼ばれるほどの方です。

今は、16代目さんにバトンタッチされてます。

    

    

京都の人達に「 祇園の夜桜 」 として親しまれている円山公園です。

4月になれば、またお花見見物で龍馬像の前も賑わう事と思います。

    

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龍馬点③

2010-01-26 11:02:27 | 京都

坂本龍馬、中岡慎太郎、桂小五郎はじめ、維新の志士のお墓をお参りして、

霊山の石段を下りて行く時、「霊山護国(りょうぜんごこく)神社」

本殿の屋根が拝殿の奥に見えました。

先程と違い、山の上から望むかたちになるので、奥の本殿が見れました。

 ↓ 屋根に千木(ちぎ)、鰹木(かつおぎ)を配した立派な本殿です。

     

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また、この境内の前には、「霊山歴史館」 があります。↓

ここは、日本唯一の幕末、明治維新専門の歴史博物館です。

   

Img_4853_2

今、坂本龍馬に関して公開されているようです。

またの機会に見たいなと思います。

      

再び、「維新の道」 を通り、今度は下りなので楽々。\(^o^)/

この道沿いにあるのが、「翠紅館跡」 (すいこうかん)です。

   

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幕末の頃、ここに西本願寺の別邸で「翠紅館」 という屋敷があり、

その「翠紅館広間」 は、三条実美、坂本龍馬、桂小五郎らの

各藩の志士達の会合所となっていました。

   

   

文久三年(1863) 六月十七日、

長州藩桂小五郎、久留米藩真木和泉守、はじめ各藩の代表者が集まり、

攘夷の具体的方法が検討されました。

これが、「翠紅館会議」 です。

  

     

今は、霊山の山荘料亭「京大和」 という名で京懐石などを提供するお店に

なっています。

この後、坂本龍馬と中岡慎太郎の像のある円山公園に向かいました。

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京都は初天神も雨だった

2010-01-26 07:58:25 | つぶやき

おはようございます。

休日ですが、5時に起きました。(^_^;)

    

1月25日、きのうですが京都の北野天満宮の「初天神」 の日でした。

先日の21日は東寺の「初弘法」 だったのですが、

この日、雨が降っていました。

前にもご紹介したように「弘法さんが雨なら、天神さんは晴れ。弘法さんが晴れなら

天神さんは雨。」 と京都の人は言います。

   

今回は、はずれました。m(__)m 

    

きのう、仕事から帰ってから天神さんに行こうかと思ったのですが、

なんか、グタ~ッとしまして…、足に筋肉痛もあるし、

外を見ますと時雨れていますし…。

   

22日に龍馬さんを訪ねてきつい坂やら、たくさん歩いた疲れが、一日経ち、

仕事をして帰ってきてから、出てきました。

どうも最近はこのパターンです。

一日経ち、筋肉痛やら疲れが出ます。

これも、老化現象ですか~

     

北野天満宮は梅の名所でもあります。

ぼちぼち咲き始めた頃と思います。

  

さて、今日のお天気はどうかな?

    

   

   

    

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龍馬点②

2010-01-24 11:55:00 | 京都

NHK大河ドラマ「龍馬伝」

TV視聴率ランキング1月11日~17日、今回も1位(22.2%)でした。

       

龍馬点?② 龍馬のお墓に行きました。

   

武信稲荷神社を後にして、四条大宮駅から市バスに乗り、

祇園石段下まで行きました。

     

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八坂神社・西楼門 : 四条通(東西にのびる通り)の東の突き当りにあります。

              祇園石段下と呼び、写真などでよく見るのがここです。

      

その石段を上がり、八坂神社を通り抜け、南に歩きますと、

高台寺、霊山(りょうぜん)観音が見えてきます。

そこを過ぎると鳥居がありますがそこより山手の方に登る坂道、

それが「維新の道」 で坂本龍馬、中岡慎太郎、桂小五郎(木戸孝允)、

その妻、幾松のお墓に、辿り着きます。

    

      

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「維新の道」 の石碑を見ながら登って行きますが、これが結構な坂道で、

想定外でした。お昼ごはん抜きの私にはちょっときつかったです。

       

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「 おりょう、維新の道は、きついぜよ 」 

     

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霊山護国(りょうぜんごこく)神社です。

     

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本殿の前に龍馬の似顔絵が置いてありました。

    

それから、またまたきつい石段が続き、やっとのことで、

お墓に着きました。

近江屋騒動で暗殺された坂本龍馬、中岡慎太郎をはじめ、

明治維新誕生のために尽くし、犠牲となった土佐藩士、長州藩士、若狭藩士など

1356名の御霊が祀られています。

     

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坂本龍馬と中岡慎太郎の墓     各藩の志士の墓

       

振り向くと、京都の街並みが広がっていました。

        

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「 中岡さん、京の町が見えるぜよ 」  立っているのが龍馬です。  

       

長州藩士で、後に明治政府の重鎮となった、桂小五郎(木戸孝允)と

その妻、幾松(松子)のお墓です。↓

     

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霊山護国神社のある山、「霊山」 の頂きに近い、一番高い所にありました。

残念ながら、意志半ばにして、暗殺された龍馬よりも長く生き、

後に位の高い政府要人となった証かもしれません。

   

でも、勤皇・佐幕と対立抗争を繰り返している中で、

『日本はひとつにまとめなければならない。』 という大きな見方をしていた

龍馬は、偉大な人だったと思います。   

墓前には新しいお花が供えられ、訪れる人も絶えませんでした。

   

    

     

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龍馬点 ①

2010-01-23 17:04:22 | 京都

NHK大河ドラマ「龍馬伝」 が、おもしろいです。

1月4日~10日のTV視聴率ランキング(関西地区)で、1位(21.4%)でした。

      

京都市内の坂本龍馬ゆかりの地を、きのう少し見て周りました。

「龍馬伝」 とはいきませんが、スポットでご紹介を…、

なので、 「龍馬点」

    

      

「武信稲荷神社」(たけのぶいなりじんじゃ)

     

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創祀、貞観元年(859年)   

京都市中京区、二条城から見て、南の方にあります。

この境内に樹齢約850年、高さ23m、幹の周りが4mの「榎」(えのき)があります。

これは京都市天然記念物に指定されています。

今は冬で葉を落としていますが…、

   

    

” 江戸時代、武信稲荷神社の南に幕府直轄の「六角獄舎」という牢獄がありました。

ここは六角通り(京都の東西にのびる通り)にあるので、この名前があるようです。

ここに、幕末、勤皇の志士が多く収容されていました。

その中に、龍馬の恋人、「おりょう」の父「楢崎将作」も勤皇家の医師であったため

捕えられていました。

      

おりょうは父の身を案じ龍馬と共に何度か訪れますが、当時女性が牢獄へ

面会できることなどなく、龍馬自身も追われる身であり面会はかないません。

その為、神社の大木から様子を探ったといいます。

    

その後、命を狙われる龍馬は身を隠し二人は離れることになります。

おりょうは龍馬の身を案じ行方を捜していましたが、

そんな折、二人で何度も訪れた武信稲荷神社の榎を思い出し訪れました。

するとそこには龍馬独特の字で『龍』 の字が彫ってあったといいます。”

       

榎は二人の愛の伝言板になったんですね。

     

今、「龍」の字は確認できませんが、その幹は左右に枝を張り巡らし、

その生命力から健康長寿、また縁結びのご神木として、信仰を集めています。

       

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『おりょう、今も榎は元気ぜよ!』 

     

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二人も、この鳥居をくぐったのでしょうか、そして…、

     

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身の危険にさらされながらも、おりょうさんのために彫った「龍」の字は…、

     

      

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雨…、

2010-01-21 23:47:41 | つぶやき

お天道様のご機嫌を何やら損ねでもしたのでしょうか、

今日の仕事の帰り道、そぼ降るほどの雨だったのが、突然に篠突く雨。

相変わらずの雨女ぶりです。

傘も大して役に立たず、冷たい横殴りの雨に濡れながら、歩いて帰りました。

      

     

♪飲ませて下さい もう少し~ 

     

「氷雨」 という歌がありました。

    

でも、今日の雨は、そんなもんやない、例えばゲリラ豪雨風。

そんな雨も、家に着いた頃には、小雨に変っていました。

お約束どおりです。はい。

    

いまどきの雨は、寒の雨というらしく、節分までこう呼ぶそうです。

秋から冬にかけて、時折降ったり止んだりする雨を時雨。

夜に降れば、小夜時雨。 きれいです。

    

誰かを思い心寂しく涙雨を流すことも、

「帰らないで」 と遣らずの雨を待つことも…、

     

まったくない!

かすりもしない。

    

明日もまた、雨女は、

     

”雨ニモマケズ 風ニモ負ケズ …”

     

 

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