鎌倉殿の13人
(21回~23回)
しばらく私、鎌倉から目を反らしてしまいました
先日のブログで書きましたような事で
何かにつけ、やる気が失せています
呆けてきたのか…
気合をいれないといけません
近所で公共のスポーツ施設の建設に加え、新道路の敷設で
砂埃の舞う日が多く、窓や扉がざらざらです
まだしばらく続くようですが、今すでにこの辺りの道路の風景が変わりました
鎌倉殿の13人も、様子が変わってしまいましたね
金剛君と万寿君が大きくなって
無邪気な金剛、プレッシャーにさいなまれていそうな万寿
愛情たっぷり受けて、のびのびと育ってほしいですね
義時さん、辛いですね
まさか、八重さんがこんなに早く亡くなられるとは思いもよりませんでした
身寄りのない子を見ていて、相当疲れが出ていたのでしょうか
三浦善村さん、鶴丸助けながらも、
八重さんにちょっと気を向けてくれていたならと残念です
苦労苦労の生涯でしたね、八重さん
頼朝に受け入れられなかった
源九郎義経
簡単に、冷ややかに言うならば
義経はあの多才さや過激な行動ゆえ、兄から
”出る杭は打たれる”
結果になったのかもしれません、可哀そうに…
まっすぐに、兄のために一生懸命だったのに
義経を恋い慕った静はどこへ行ってしまったのか
頼朝は肉親を亡き者にまでして天下が取りたい征服欲?
時政は遠い親戚の曽我十郎と五郎という御家人を抱えていた
時政は親の敵討ちの相談を十郎五郎から持ち掛けられた
時政には言わなかったが、その裏にはさらに大きな企てがあった
比企能員には打ち明けた
親の敵討ちを隠れ蓑に、頼朝を討つという謀反を考えていた
頼朝の今までの仕打ちがこうさせたのか
頼朝、冷酷ですからね~
曽我兄弟の企ては上手くは行かなかった
義時は頼朝を守ることに必死だった
謀反が起きたと世間に知れたなら鎌倉が揺らぐ
時政も関係していたから、どんな処罰が与えられるか
この非常時を義時は見事に切り抜けた
「敵討ちを装った謀反ではなく
謀反を装った敵討ち」
そう裁き、生き残っていた五郎に死罪を命じた
義時、上手く切り抜け頼朝の信頼を失うことはなかったようだ
と同時に、もう一切頼朝に抗うことは出来ないと心に決めたように思う
義時は、やはり天が頼朝を守っていると思ったが
本人の頼朝は今までの様に、天の導きを感じなかったというのだ
わしが成すべきことは、この世に残っていないのか…
と言った
そう言えば、義経も似たような状態でした
平家を倒したあと、これから何をしたらよいのか…
そんな風に落胆していましたね
弟の源範頼もどうなるやら
源氏が次第に居なくなっていきます
邪馬台国か大和国かちょっと分かりませんが、
日の本の起きたときからずっとなのですね
曽我兄弟の謀反をきっかけに、
比企も、範頼も、実衣も誰もかれも
鎌倉殿のあとをしたたかに探っているような
そんな中で、梶原景時は一番怪しそうなのに、一番分かりません