《社説①》:問う’21夏 パンデミック危機 結束して分断に歯止めを
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:《社説①》:問う’21夏 パンデミック危機 結束して分断に歯止めを
来年の今ごろは収束していてほしい、と1年前に願った新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)は、今も猛威を振るう。
波状的に感染が押し寄せ、強力な変異株の出現と加速度的な拡大にワクチンの供給が追いつかない。世界の感染者は2億人を超え、死者は約440万人に上る。
感染力の強いデルタ株が最初に確認されたインドではこの春、死者が急増し、火葬場に運べない遺体を燃やす炎が街中で上がった。
一度は抑え込んだベトナムは今、重症者の増加で医療が切迫し、都市部の「野戦病院」が患者で埋まっている。
オーストラリアやニュージーランドが再びロックダウン(都市封鎖)に踏み切り、閑散とする街の風景が広がる。
米国やフランスではワクチン接種義務化への抗議デモが繰り返し起きる。これが世界の現実だ。
闘いは今後も続く。だが、国際社会にその備えがあるだろうか。
◆深刻な「ワクチン格差」
「ワクチンの75%以上がわずか10カ国で投与されている。恥ずべき不平等だ」
世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長が5月の年次総会で明らかにした「ワクチン格差」の実態は、衝撃だった。
米民間調査会社によると、7月中旬までに1回目の接種が終了した人の割合は、欧米などの高所得国では50%だが、アフリカなどの低所得国は1%に過ぎない。
欧米では変異株に対応して接種回数を増やす動きがある。一方、貧困の中で感染のリスクを顧みず働かなければならないアフリカの人々がいる。
ワクチンの偏在は世界経済の二極化に拍車をかける。普及国の経済は回復基調にあるが、欠乏国は低迷から脱せずにいる。
国連によれば、アフリカでは飢餓が急増しているという。この状態が続けば、世界の格差は広がるばかりだ。
長引くコロナ禍は、世界の政治状況にも影を落としている。とりわけ問題なのは、メディアでの自由な言論を封じる動きだ。
国際NGOによると、中東や東南アジアの多くの国が報道機関やソーシャルメディアに対する規制を強化した。
外出禁止区域で困窮する住民への取材を禁止したり、政府に批判的なニュースや発言を処罰対象にしたりできる内容だ。
政治指導者の最大の使命は国民の命と安全を守ることだ。にもかかわらず保身を優先するなら国民の信頼は得られない。その結果、有効な対策を打てなくなる。
コロナ禍に便乗して情報を統制する手法は、権威主義化の表れともいえよう。憂慮すべき民主主義の後退である。
自国主義に陥らず、等しく命を守るためにはどうすればいいか。何よりコロナ禍がグローバルな脅威であると、国際社会は改めて認識しなければならない。
密集を避け、人の流れを抑制し、ワクチンを接種する。どの国であれ講ずべき対策は同じだ。それを世界的に実効性を持って実施するには国際協調が欠かせない。
◆米中主導の協調が必要
とりわけ、米国と中国の役割は大きい。ともに経済大国であり、ワクチン生産国だ。その供給にも人道支援にも重い責任を負う。
しかし、米中対立は先鋭化する一方だ。米国は「中国の専制主義と闘う」と宣言し、中国は「米国の民主主義の劣化」を言い立てる。陣取り合戦のような「ワクチン外交」に腐心する。
まず自国民にワクチンを行き渡らせることは当然だ。外交上の損得を考えることも否定しない。だが、「持てる国」が世界に目を向けなければ、パンデミックはいつまでたっても収束しない。
コロナ対策で協力姿勢を示すべき時だ。より多くのワクチンを国際機関に分配すれば、世界で困っている国に公平に届けられる。
世界が直面する危機は、パンデミックだけではない。大国の核軍拡競争や急激な気候変動は、その結果の甚大さを考えればより深刻なリスクだ。
自国主義にとらわれ、国際主義に背を向けた結果、世界全体が押しつぶされるか。それとも、各国が一丸となって共通の脅威に立ち向かい、地球の未来に希望を見いだすか。
パンデミック危機は、その試金石になる。結束できなければ世界の分断は深まるだけだ。
元稿:毎日新聞社 東京朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2021年08月21日 02:01:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。