【筆洗】:「父に別れしみなし子の九界九蔵(くかいくぞう)の二代目を…」。
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【筆洗】:「父に別れしみなし子の九界九蔵(くかいくぞう)の二代目を…」。
江戸の芝居小屋で、十七歳の若者が「おひきたてを」と口上を述べた。居合わせた客はおろか、伝え聞いた人さえ涙したという。二代目市川団十郎の襲名披露には、そんな逸話が残っている▼江戸歌舞伎に独特の芸風を生み出し、人気を博した初代は悲運に見舞われ早世していた。待ち望まれた二代目だった。成功者の後を継ぐがゆえの重圧の中で、多くの人の温かい期待の視線が、その背に注がれていたようだ▼こちらは、地球から三億キロ超という想像も難しい宇宙空間である。夜空を見上げ、二代目の成功を祈った方もいるのではないか。小惑星探査機「はやぶさ2」が、正念場を迎えている。きょう小惑星りゅうぐうに着陸して、岩石採取に挑むと発表された▼半径数メートルという点のような場所に降りるという。地球との通信に時間差がある中、岩を砕き、舞い上がったかけらを取る。想像もしがたい難しさだ▼困難の連続だった初代はやぶさは、使命を果たしながら燃え尽きた。初代の無念と教訓を生かして、大きく改良されているという。一方で、携わる人には初代を超えなければならない重圧があろう▼二代目団十郎は困難に見舞われながら、後世に残る江戸歌舞伎の基盤を築いた。二代目が家の盛衰を決めるとすれば、小惑星探査も正念場か。ひきたてたいはやぶさだ。
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【筆洗】 2019年02月22日 06:10:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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