
旧新橋停車場・鉄道歴史展示室で開催中の、「特急“燕”とその時代」展を見ました。
“燕”号は昭和初期、減少傾向にあった鉄道利用客のアップを狙った国家プロジェクトによって誕生した特急列車で、当時最高のスピード(68.2㎞)を誇ったことから、“超特急”と呼ばれていたそうです。
一番興味深かったのは、食堂車についてのコーナー。
実際に食堂車で使用されていたお皿が大小二枚展示されていて、桜と富士山と燕が縁にあしらわれた上品なデザインは、当時の食堂車の雰囲気を彷彿とさせるものがありました。
もしレプリカが売られていたら、一枚欲しいところ。
国が誇る超特急なだけに、サービスもかなり行き届いていたようで、乗客に配られていた↓のチラシの文句など、それをよく伝えています。
『急告
駅弁当御求めのお方様に
この列車は洋食堂車で御座います
御定食其他一般の御用命を承ります
萬一御会食に洋食をお望みにならぬ御客様は国府津の駅弁当と小鯵の御壽しをお取次致しますから、御希望の御客様は横浜駅着迄に「ボーイ」を伺わせますから御申付け下さいませ
そうでないと時間の関係で間に合い兼ねます
下り超特急食堂
みかど』
最後の一文が、食堂車サイド(“株式会社みかど”が営業)のナマの声っぽくて、私は好きですね。
もう一つ興味深かったのは、“燕”のためにボディーを流線型に改造したC53型蒸気機関車のデザインが、現在の700系のぞみ号とよく似ていたこと。
戦前の東海道本線を疾走していた特急機関車が、60年以上の時を経て東海道新幹線として生まれ変わった、と考えると、何だか鉄道にもDNAが存在しているみたいで面白いな。
“燕”号は昭和初期、減少傾向にあった鉄道利用客のアップを狙った国家プロジェクトによって誕生した特急列車で、当時最高のスピード(68.2㎞)を誇ったことから、“超特急”と呼ばれていたそうです。
一番興味深かったのは、食堂車についてのコーナー。
実際に食堂車で使用されていたお皿が大小二枚展示されていて、桜と富士山と燕が縁にあしらわれた上品なデザインは、当時の食堂車の雰囲気を彷彿とさせるものがありました。
もしレプリカが売られていたら、一枚欲しいところ。
国が誇る超特急なだけに、サービスもかなり行き届いていたようで、乗客に配られていた↓のチラシの文句など、それをよく伝えています。
『急告
駅弁当御求めのお方様に
この列車は洋食堂車で御座います
御定食其他一般の御用命を承ります
萬一御会食に洋食をお望みにならぬ御客様は国府津の駅弁当と小鯵の御壽しをお取次致しますから、御希望の御客様は横浜駅着迄に「ボーイ」を伺わせますから御申付け下さいませ
そうでないと時間の関係で間に合い兼ねます
下り超特急食堂
みかど』
最後の一文が、食堂車サイド(“株式会社みかど”が営業)のナマの声っぽくて、私は好きですね。
もう一つ興味深かったのは、“燕”のためにボディーを流線型に改造したC53型蒸気機関車のデザインが、現在の700系のぞみ号とよく似ていたこと。
戦前の東海道本線を疾走していた特急機関車が、60年以上の時を経て東海道新幹線として生まれ変わった、と考えると、何だか鉄道にもDNAが存在しているみたいで面白いな。