迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

赤糸樂縁。

2024-02-23 18:00:00 | 浮世見聞記


昨日に續いて今日も朝からビショビショした天氣でお出かけ氣分にはなれぬゆゑ、なればこの時間(ひま)にと、縫ひものや繕ひものに充てる。

糸と針を使ふ用事は根氣が必要ゆゑ、時間と氣力の充實した時でなければ、とても叶はぬ。



用意した生地は人災疫病禍以前、高齢者の營む古い布團店がいよいよ店仕舞ひするにあたり、店先に『ご自由にお持ち帰り下さい』と書かれた箱にあった物よりありがたく頂いた品で、手猿樂の装束にいつか必ず使わうとずっと仕舞っておいたものが、今日つひに時節到来。


芝居の衣裳が現在のやうに衣裳屋からの借り物ではない、すべて自前で用意してゐた昔、六代目尾上梅幸が藝談のなかで、めぼしい反物を見つけたら必ず買ひ求めておくやう述べてゐるのが、すなはちかういふ事なのだらう。


小型アイロンは、かつて師匠の肌襦袢などをアイロンがけするために兄弟子から預けられてゐて、それがそのまま私の所有となったもの。



言ふなれば師匠の形見のやうなもので、現在でも大事に、そして重寶してゐる。


縫ひものは必要に迫られてやってゐるもので、決して得意ではないが、しかし嫌ひではない。

いざ仕上がって、それが自分のための物となる喜びが、そこに見えてゐるからだらう。


赤い糸で縫ったつひでに、予定になかったあの装束もこの糸が合ふゆゑ、繕ってしまわう。

糸と針が出てゐるつひでに、このあひだ外出先で鉤裂をつくってしまった上着も、棄てないで繕って、とりあへず置いておかう──









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