迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

「偲姿―オモカゲ―」5

2010-01-24 18:36:00 | 戯作
ポスターを見て最初に思ったこと、ですか?

「へぇ、そうなんだ…」って感じでしたね。

あとで杏子さんに、「大衆演劇だったんですね」って言ったら、「そうよ。アレ、言ってなかったっけ?」
なんて、そらっトボけた顔をしていましたっけ。

はい?大衆演劇を、ですか?

もちろん、観たことなんてありませんよ。

日本舞踊の先生や同じお弟子さんたちから、そういうモノがあるっていうのを、聞いて知っていたくらいで。

「小さくて小汚い劇場で、男の役者が女の格好して踊ると、客席からオヒネリが飛んでくる」、って感じで。

いまにして思えば、あの頃はそんな程度の知識しかなかったから、期間限定とは言え、あの劇団にいられたんだと思います。

いまだったら、とんでもないですよ。

そのわけを、これからお話しするわけですけど。

裏方スタッフがいないので、大道具や照明、音響のセッティングも全部役者がやって、次に取り掛かった楽屋づくりが済んだ時には、もう深夜。

それから全員舞台に集合して、円陣を組む形でミーティングが行われました。

座長からまず二ヶ月間の公演日程の説明があって、それから杏子さんから、「高島陽也」の紹介があって、わたしが立ち上がって「よろしくお願いします」って挨拶したんですけど、みんなウンともスンともありませんでした。

ぜーんぜん関心が無いって感じでね。

何だかわたしは“招かざる客”みたいで、さすがに内心イヤーな気分になっていると、ふと飛鳥琴音さんと目が合ったんです。

でも次の瞬間には、彼女は目を伏せて視線を逸らしていました。

それからがわたしにとってはオドロキだったんですけど、座長から明日の初日に上演する演目が口頭で伝えられて―「返り咲き三度笠」と言ってました―、『配役はいつも通り。で、高島さんは序幕の茶店娘。芝居は、杏子さんがいつもこの役やってるから、聞いて教わっといてくれ』

では、解散。

おつかれさーん。

「はい…?」

って感じですよ。
あのォ、稽古とかやらないんですか…?

唖然としているわたしに、杏子さんが言いました。

「アタシたちはいつも演(や)っている芝居だから、今さら稽古なんて必要ないの」

やってもせいぜい、立ち位置を確認する程度。

「それにね、アタシたちはどんな芝居でもすぐに対応出来るように、常に先輩たちの舞台を“見て”覚えておくの。だから、アタシにとって稽古をするなんて、“恥”も同然のことなのよ。今までナニ見てきたんだ、って笑われてね。高島さんも、これからはそのことをよく覚えときなさいね」

「はい…」

わかるような、わからないような…。

言い方にもよるんでしょうけど、「稽古をするなんて恥も同然」だなんて、わたしの日舞の先生が聞いたら憤慨しますよ、間違いなく。


〈続〉
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