迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

「偲姿―オモカゲ―」4

2010-01-22 11:18:58 | 戯作
「劇団ASUKA」が大衆演劇の一座であることを知ったのは、実は東北巡演初日の現場に着いてからのことなんです。

ビックリ、ですよね。

バスのなかでこれからの事とか、詳しい話しを訊こうにも、杏子さんは席に着くなり爆睡してしまうし、かと言って座長はそんな空気じゃないしで、わたしは東北方面へ向かっているということ以外なにも分からないまま、高速道路を疾走するバスに何時間も揺られていました。

そりゃあ、心細かったですよ。

車窓風景がだんだんと田園化していくにつれて、なんだか拉致されたような気分になって…。

ホントにこんなんで良かったのかしら、なんて、バイトばっかりの東京生活さえも一瞬恋しくなっちゃったりしてね。


途中休憩は全くナシの強行軍で、現地には正午過ぎに到着しました。

栃木県の日光からさらに奥に入った、山あいの小さな町の町民会館が、初日の現場でした。

トラックは裏手の駐車場に既に着いていて、書割とかやたら数のある木箱とか、大方はドライバーの人―その男性も劇団員でした―が下ろしたあとで、楽屋口らしき入り口へ運び込んでいる最中でした。

座長共々みんなバスを降りると、一斉に荷物の運び込みを始めました。

「ほら、高島さんも手伝って」と杏子さんに軍手を放られて、わたしもいきなり荷物運びをやらされたわけですけど、いや~、木箱が―彼らは“チャバコ”とか呼んでました―やたら重くて、もちろん二人掛かりで運ぶとはいえ、腕が抜けるかと思いました。

もちろん汗だくですよ。

みんな初めからTシャツに短パンという軽装でいたわけが、よくわかりました。

この日、わたしだけがオシャレな服を着ていたんですけど、汗で一発でダメになりましたね。

見れば、生田杏子さんや、後で一座の“花形”・飛鳥琴音さんと知る、わたしと同い年くらいの女の人なんか、重すぎるはずの木箱を一人でヒョイヒョイと運んでいて、すっげ~って感じでした。

ここは男も女もないんだなぁ、なんて、まだ何も知らないわたしはいきなり呆気にとられたわけですよ。


そのうち、バレエダンサーのようなスリムな体型をした座長に、

「これ、とりあえずロビーの分かる所に置いといて」
と、木箱に負けず劣らず重たいダンボール箱を手渡されて、

「おい、しっかり持ってけよ」

なんて言葉を背中に聞きながら、舞台から客席を抜けてロビーへと運んで行って、ここでいいかな、とダンボール箱をドンと置いて体を起こした目の先に入ったのが、壁に貼られたここの劇団の公演ポスターだったんですけど、それにはこんな文字が躍っていました。

『新世紀大衆演劇 劇団ASUKA  錦秋特別ツアー公演』


“座長・飛鳥武流”という文字の横に、座長が「水戸黄門」の“風車の弥七”みたいな扮装で刀を振り上げているのと、その隣りで女役の扮装をしてこちらに媚びたような微笑を浮かべている写真とが載っていました。


〈続〉
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