明治六年、創業間もない武州の富岡製糸場を、皇太后(もと孝明天皇皇后)と皇后(明治天皇皇后)が行啓してゐる様子の古い繪画資料が手に入る。
この行啓については、當時傳習工女だった和田(橫田)英の遺した「富岡日記」によると、前日に作業場へ下見に訪れた女官たちの、大きく鬢の張った髪型に真っ白な白粉化粧などの「見なれない」風体に、工女たちは「残らず内々お笑ひに」云々。
その夜、寄宿舎で部屋長より、そのことについてお役所から「体そうお小言」があった云々、しかしその部屋長も曰く、「明日は福助さんのような方がおいでになりますが……」云々。
なかなか云ふわえと、今度は讀んでゐる私が笑ふ。
繪にもなった件の行啓の當日、和田英は皇太后と皇后を前にして糸繰りの様子を見せる榮誉に浴し、その際に「能く顔を上げぬやうにして」龍顔を拝した云々。
この澄ました調子の繪画の裏には、上のやうな奇異に映るものには正直な反應を示す年頃の女性たちの一場面があったことが私には面白く、今秋に旧富岡製糸場を訪ねて有意義なひとときを過ごしただけに、より価値を見出して、この一枚を手に入れたものである。