必要があって今、幸田文さんのものを読んでいるが、上手いですねえ。
父、露伴の死の床での誕生日を祝う魚のことである。終戦直後、なにもない時代だ。
つくづく見るそのちいさい魚。生きは極上だった。えも云われぬ美しい整っ
たすがたをしている。鰭の薄い膜は人体のどこにもない美しさ。穏やかな眼つ
き。一枚も損じていない鱗。魚のからだ中の表情がすなおだった。魚屋の盤台に
並ぶ魚にだって表情はいろいろある。潮を離れるとき絶叫したことをおもわせる
のもあるし、ふわふわっとあがって来てしまったというのも、さんざ駆引きをし
てくたびれきったのもある。眼に血をさしたむごい形相のさえもいる。これは親
魚に云いつけられると何の疑うところもなく忽ち、はいと云ってまっすぐうちへ
やって来た魚だ。あわれに美しく、あまりに可憐な魚だった。秋の快気祝いに
は、これの親兄弟一族がずらっとやって来るつもりだろう。この幼い魚をおとう
さんにおあげしよう。
いいなあ、幸田文さん。
観察力、洞察力表現力が半端ではありませんね。
何度くり返して読んでも心に喰い込んで来ます。