コタツ評論

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赤ちゃんの驚異とある中国人不法滞在者の15年

2006-11-04 01:44:00 | ノンジャンル
たぶん、再放送されるはずですが、そのときはお見逃しなく。

10月22日(日)NHKスペシャル放映
「赤ちゃん 成長の不思議な道のり」
http://www.nhk.or.jp/special/onair/061022.html

赤ちゃんについて、最新の研究成果を紹介している。
とりわけ、「原始歩き」にびっくり。ペンギンのようによちよち歩くのが赤ちゃんと思っていたが、まだ眼も明かぬのに両腕を支えて立たせてみると、クロマニヨン人のように大地を踏みしめて大股で歩くのだ。クロマニヨン人どころか、ひい爺さんだってじっさいに見たことはないが、原始、人はこんな風に歩いていたと確信できるのが不思議。赤ちゃんが未熟で無能な人間未満だという考えは吹っ飛ぶ。むしろ、赤ちゃんのときに持っていた「超能力」が成長にしたがって消えていくという。また、TVなど画像を通じた学習にほとんど効果がなく、同じ学習を人と対面でした場合に飛躍的な進歩がみられるなど、あらためて納得。たしかに、ネットの書き込みはいつまでたっても同じところを回っているばかり。成長しないものなあ。

11月3日(金)
「泣きながら生きて」
http://www.sankei.co.jp/enak/2006/oct/kiji/31tvchinese.html


不法滞在しながら東京で働く丁さんと、上海で待つ妻、アメリカに留学する娘の15年間を追ったドキュメンタリ。13年ぶりに逢う妻を迎えるために、清潔なシーツを敷き、新婚時代に買い求めた刺繍入りの枕カバーを用意する丁さんの嬉しそうな顔。トランジットを利用したつかの間の夫婦逢瀬と別れ、不法滞在の丁さんは成田空港までは見送れず、ひとつ手前の成田駅のホームに降りる。見送る丁さんに妻は背を向け、発車のときちらりと振り返り、わずかに手を振るだけ。向き直ってからこらえきれず漏らす嗚咽。アメリカ留学に旅立つ娘のときも同様だった。本当に愛している人と別れねばならないとき、人は黙り込み、無表情に素っ気なく振る舞う。一人になるまでは。ホームから見送る丁さん、いずれのときも歯を食いしばって涙をこらえる。

昔、ほんの短い間だったが、日本語学校に関わったことがある。中国人就学生の評判はけっして芳しいものではなかったが、授業に向かう彼らの姿勢は真剣だった。やがて、アルバイトと貧乏に疲れて気力を失うまでは。不法滞在と不法就労の丁さんは、早朝から深夜まで、清掃や工員など3つの仕事をかけ持ちするなどして15年間を働き通す。50代にして歯は8本しか残らず、ようやく会えた妻は「老けた」と眼を潤ました。2人は文化大革命で「下放」された貧しい農村で出会った。

8歳で別れた愛娘は、ニューヨーク州立大を卒業して念願の医師になった。丁さんは帰国を前に、来日した当初学んだ北海道十勝の日本語学校を訪ねる。いまは廃校となった無人の学校に佇み、就学を受け入れてくれた十勝の人々への感謝と中途で逃げ出して不法就労になった謝罪のお辞儀を何度もする。妻や娘と別れて日本に来たとき、「人生は哀しいものでした」、日本の大学進学を諦めたとき、「人間は弱いものだと思いました」。「でも、いまは人生は捨てたものじゃない、そう思っています」と語る丁さん。

ほんとうに男らしいとはどういうことなのか、ほんとうの愛とはどういうもので、それはどこにあるのか、人の営みの歓びと哀しみにどれほどの違いがあるのか、日本だけでなく中国でも放映されて大きな反響を呼んだという、人間もそう捨てたものじゃない。
コメント
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