100mほど前方にバス停が見えてきて、歩道に2つの人影が… 私は「乗客かな?」と思ったが、その2人のオバサンはバス停から10mほど離れた位置で立ち話をしている様子だったので、私は「通過かな?」と思った。
そして、バス停まで30mほどの距離に接近した時、ちょうどオバサンたちの話が終わったようで、2人はそれぞれ別方向に歩き出した。私は「1人はバス停の方向だが、歩道の奥(車道と反対側)だし、慌てた様子もないし…」と“通過確率90%”のつもりで走り続けた。
が、まさかというか、やっぱりというか… そのオバサンは歩道の奥から手前(車道側)へ… バス停に向かって“歩き続けた”のである。「あれまぁ、乗るんだぁ~」と思った私はブレーキを踏んで、バス停を10mほど過ぎた辺りに止まった。
オバサンは一瞬“不満そうな表情”を見せながらも、黙って乗ってきた… もしも、私が「通過だな」と判断した直後に“他のこと(対向車の妙な動きなど)”に気を取られていたら… そのまま通過していたかもしれないのだ。
その時、私の頭の中では… 「お喋りするなら、バス停でやってくれれば…」と検察側が言った。すると「それは乗るつもりのないバスまで止めてしまうことになるから、気を使ってくれたのかも…」と弁護側が言い、それに対して検察側が「そういう考えを持った人ならば、バス停に向かって走るのでは?」と… 毎度のことながら、判決の出ない裁判が続くのであった…