バフさんは現地ガイド、1982年生まれと聞きました。
恰幅のいい大男で、とてもその年齢には見えません。
タジク人なので家ではタジク語、ペルシャ系言語ゆえペルシャ語もOK、もちろんウズベク語が日常会話です。
学校ではロシア語で授業を受けたそうで、他に英語、日本語が堪能です。
携帯は結構普及していて、彼が使っていたのはアイフォンみたいなノキア製、月に60~100ドルぐらい使うそうです。
一般人の給料平均200ドル程度と聞いたような気がする。
ガイドという仕事柄にしてもすごいね。
暗い螺旋階段を登り、やっとたどり着いたミナレット上で

上はスペースがないので入れ替わりで降りてくれました。
タシケントからヒヴァ観光に来たと言ってました。
若者なら結構英語が通じます。
アイスクリームを食べている若者はよく見かけました

笑うと金歯がキラリとする人は多かった。
金がたくさんとれるから安いのかしら?
公園でみた男性2人連れ、後方の人は携帯電話中

日本人の添乗員はアイフォンを持ってました。
日本まで電話すると1分500円と言ってた。
車窓から

田舎ではまだまだバスが珍しいのか、手を振ってくれる人が多かった。
私達も皇族の宮様の気分で手を振り続けていました。
国内線のキャビンアテンダント、ロシア系かな
10代から20代前半の若い子たちは、ジャパニーズ?と話しかけてもきますし、写真一緒にとろうとも言います。
アフガン難民の子供が施しを求めてまとわり付いてくる

アフガニスタンと国境を接しているから、もっときな臭く難民も多いのかと思っていたけれど、シャフリサーブスで1回見たきりでした。
シルクロードの中継点にあるウズベキスタン、
残っている建造物はほとんどが中世のイスラム建築です。
しかしそこで暮らす人々のDNAには、いまなお他民族の切磋琢磨で生き延びた共存共栄を図るためのホスピタリティが深く根付いているように思われました。
日本が今後観光大国を目指すのなら、招き入れる側のホストとして見習わないといけない点はあるでしょうね。