本日は2回目の投稿になります。
第二部は昨日行われた、ジオガイドセミナー第3回のご報告と、本日、伊豆半島ジオパークの鈴木氏と周った様子をお伝えします。
6月20日(木)19:00~開発総合センター3F第3会議室で、ジオガイドセミナー第3回が開催されました。
講師は、日本ジオパーク委員会委員の中川和之氏をお迎えしました。
参加者は30名。
この3日間で最多です。
テーマは「ジオパーク、それは(持続可能な)地域の誇り、骨太な観光、防災」でした。
たくさんの写真と映像、最新のジオパークの審査基準などを盛り込んだ、非常に内容の濃いセミナーでした。
あまりの情報量に圧倒されて、セミナーの様子の写真を撮りそびれてしまうほどでした。
様々な話の後、最後に出た、中川氏からの問いかけ。
「伊豆大島で、誰に何を伝えたいか」
たくさんの意見が出ました。
その中でも一番多かったのが、「島の子供たちに、大島の素晴らしさ、面白さを伝えたい」ということでした。
未来を担う子供たち。
自分の生まれ故郷を、どこに行っても「誇り」に思えるように。
その一つのきっかけとして「ジオ」が役に立つといいなあ、としみじみ感じたひと時でした。
一人ひとりの思い、どんどん実現できると、骨太な地域になる気がします。
私も実現に向けて、カメのような歩みですが頑張ります!
そして急きょ中川氏のセミナーを聞くために島に残った、伊豆半島ジオパークの鈴木氏。
元町の中を歩いて井戸を見に行く、というので、私もお供させていただきました。
まず訪れたのが吉谷神社。
ジオパークデータミュージアムの解説によりますと、祭神は大山祇命、三原大明神をお祭りしていると。三原山の噴火に対する畏怖の念からこの神社を建立した、という。まさにジオ!!
さて、この灯篭。どうも上の傘(?)の部分と、灯を燈す真ん中の正方形の部分と、その下では石の材質が違うような感じがします。正方形の部分を見て鈴木氏いわく、「伊豆大島では見られない凝灰岩ですね」と。おお~!ということは違うところから持ってきた石材で造った灯篭ですか!!こんなふうに境内の「石」に着目して見てみると、なかなか面白いです。
狛犬×マメヅタ。かっこいい!!
ご神木のイチョウの木と、伊豆大島でよく見られる水がめと、鈴木氏。
吉谷神社は昭和40年の元町の大火で社殿が焼失したとありましたが、それにしては太いイチョウの木。氏が撮っている先には金比羅様をお祭りしているような小さな社がありましたが、この石段とか、灯篭とか、それに周囲の石積みは古いような感じがしました。吉谷神社、不定期の正月のお祭り、ぜひ見てみたいですし、歴史ももっと知りたいなあ、と思いました。
ところでこの水がめ、どこで見ても同じような形なのですが、島で大量生産されたのでしょうか?それとも、島外で作ったものでしょうか?それにしては全部似たような色・形をしています。というのが鈴木氏の疑問。今度調べなきゃ!!
元町の中、特に大火の影響を受けなかった地区と思われる一部を散策して、次のポイントへ。
源為朝が刀の研ぎ場がある、という情報を前回得ていまして。
そこを目指しましたが、藪がこげないほど密生していまして。
あきらめて下の海岸へ。
前回も載せましたが、そのときは溶岩トンネルって本当かしら?なんて思っていたのですが、火山が専門の鈴木氏。「うん、きれいな溶岩トンネルだね」と。
すごい!即決!!
溶岩トンネルは溶岩の噴出率(量ではなく、率、とのこと)が高くないとできないそうな。遠方まで流れるような勢いがあって、さらに傾斜も必要。と、いうことは。これが流れた時代は下高洞遺跡の層の年代が約8000年前といわれていますので、それよりももっと古い溶岩流。そこにできた溶岩トンネル。さらにこの右奥は・・・
崩れていて少々見えづらいですが厚い溶岩流。
推測するに。
傾斜のある谷間に流れた溶岩流ではないかと!!
厚い部分は谷埋め。流れ下った部分は谷の傾斜のある側面のような部分で、ぷくーっと、内部のガスで膨らんで、後続の溶岩流が中をスルスル抜けていったとか。
見て、観て、考える。
楽しいなあ。
昨日講演してくださった中川氏がおっしゃっていました。
「僕は嶋田さんの、何があったんでしょうね?と問いかけるのがいいと思う。それによってイメージや広がりがもてることが大事。わからない、ではなく、分からないことをイメージングしてみることが面白い」
わたしはついつい、何があったのか、を勝手に考えるようになっていますが、それって、もしかしたらきっかけがないと考えもしない、ということかも、と気づかされました。
考えるのが大好きな私。
岡田にある八幡神社の参道には、丸い石の石積みがあります。
なんで丸い石?
前回愛宕山に登ったとき、道の一部にきれいな丸石が、あたかも「敷き詰められている」ような場所がありました。
吉谷神社でも、丸石の石積みがありました。
神様に関わるところは、もしや丸石では?
神社丸石探索をせねば。
八幡神社の左手奥と、社殿の後ろには溶岩の露頭が見えます。
いつの時代のものだろうなあ。
「てこ舞」と関係しているのかなあ。
そもそも、なんでこの場所に建てたのかなあ。
興味は尽きません。
普段はなかなかできない町歩き。
町の中にもジオがいっぱい!
貴重なお時間をお供させていただき、ありがとうございました!!(ユカ)
第二部は昨日行われた、ジオガイドセミナー第3回のご報告と、本日、伊豆半島ジオパークの鈴木氏と周った様子をお伝えします。
6月20日(木)19:00~開発総合センター3F第3会議室で、ジオガイドセミナー第3回が開催されました。
講師は、日本ジオパーク委員会委員の中川和之氏をお迎えしました。
参加者は30名。
この3日間で最多です。
テーマは「ジオパーク、それは(持続可能な)地域の誇り、骨太な観光、防災」でした。
たくさんの写真と映像、最新のジオパークの審査基準などを盛り込んだ、非常に内容の濃いセミナーでした。
あまりの情報量に圧倒されて、セミナーの様子の写真を撮りそびれてしまうほどでした。
様々な話の後、最後に出た、中川氏からの問いかけ。
「伊豆大島で、誰に何を伝えたいか」
たくさんの意見が出ました。
その中でも一番多かったのが、「島の子供たちに、大島の素晴らしさ、面白さを伝えたい」ということでした。
未来を担う子供たち。
自分の生まれ故郷を、どこに行っても「誇り」に思えるように。
その一つのきっかけとして「ジオ」が役に立つといいなあ、としみじみ感じたひと時でした。
一人ひとりの思い、どんどん実現できると、骨太な地域になる気がします。
私も実現に向けて、カメのような歩みですが頑張ります!
そして急きょ中川氏のセミナーを聞くために島に残った、伊豆半島ジオパークの鈴木氏。
元町の中を歩いて井戸を見に行く、というので、私もお供させていただきました。
まず訪れたのが吉谷神社。
ジオパークデータミュージアムの解説によりますと、祭神は大山祇命、三原大明神をお祭りしていると。三原山の噴火に対する畏怖の念からこの神社を建立した、という。まさにジオ!!
さて、この灯篭。どうも上の傘(?)の部分と、灯を燈す真ん中の正方形の部分と、その下では石の材質が違うような感じがします。正方形の部分を見て鈴木氏いわく、「伊豆大島では見られない凝灰岩ですね」と。おお~!ということは違うところから持ってきた石材で造った灯篭ですか!!こんなふうに境内の「石」に着目して見てみると、なかなか面白いです。
狛犬×マメヅタ。かっこいい!!
ご神木のイチョウの木と、伊豆大島でよく見られる水がめと、鈴木氏。
吉谷神社は昭和40年の元町の大火で社殿が焼失したとありましたが、それにしては太いイチョウの木。氏が撮っている先には金比羅様をお祭りしているような小さな社がありましたが、この石段とか、灯篭とか、それに周囲の石積みは古いような感じがしました。吉谷神社、不定期の正月のお祭り、ぜひ見てみたいですし、歴史ももっと知りたいなあ、と思いました。
ところでこの水がめ、どこで見ても同じような形なのですが、島で大量生産されたのでしょうか?それとも、島外で作ったものでしょうか?それにしては全部似たような色・形をしています。というのが鈴木氏の疑問。今度調べなきゃ!!
元町の中、特に大火の影響を受けなかった地区と思われる一部を散策して、次のポイントへ。
源為朝が刀の研ぎ場がある、という情報を前回得ていまして。
そこを目指しましたが、藪がこげないほど密生していまして。
あきらめて下の海岸へ。
前回も載せましたが、そのときは溶岩トンネルって本当かしら?なんて思っていたのですが、火山が専門の鈴木氏。「うん、きれいな溶岩トンネルだね」と。
すごい!即決!!
溶岩トンネルは溶岩の噴出率(量ではなく、率、とのこと)が高くないとできないそうな。遠方まで流れるような勢いがあって、さらに傾斜も必要。と、いうことは。これが流れた時代は下高洞遺跡の層の年代が約8000年前といわれていますので、それよりももっと古い溶岩流。そこにできた溶岩トンネル。さらにこの右奥は・・・
崩れていて少々見えづらいですが厚い溶岩流。
推測するに。
傾斜のある谷間に流れた溶岩流ではないかと!!
厚い部分は谷埋め。流れ下った部分は谷の傾斜のある側面のような部分で、ぷくーっと、内部のガスで膨らんで、後続の溶岩流が中をスルスル抜けていったとか。
見て、観て、考える。
楽しいなあ。
昨日講演してくださった中川氏がおっしゃっていました。
「僕は嶋田さんの、何があったんでしょうね?と問いかけるのがいいと思う。それによってイメージや広がりがもてることが大事。わからない、ではなく、分からないことをイメージングしてみることが面白い」
わたしはついつい、何があったのか、を勝手に考えるようになっていますが、それって、もしかしたらきっかけがないと考えもしない、ということかも、と気づかされました。
考えるのが大好きな私。
岡田にある八幡神社の参道には、丸い石の石積みがあります。
なんで丸い石?
前回愛宕山に登ったとき、道の一部にきれいな丸石が、あたかも「敷き詰められている」ような場所がありました。
吉谷神社でも、丸石の石積みがありました。
神様に関わるところは、もしや丸石では?
神社丸石探索をせねば。
八幡神社の左手奥と、社殿の後ろには溶岩の露頭が見えます。
いつの時代のものだろうなあ。
「てこ舞」と関係しているのかなあ。
そもそも、なんでこの場所に建てたのかなあ。
興味は尽きません。
普段はなかなかできない町歩き。
町の中にもジオがいっぱい!
貴重なお時間をお供させていただき、ありがとうございました!!(ユカ)