浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

『図書』8月号

2018-07-30 22:27:47 | 
 今日も、太陽の光は強く、強い光は白と化し、すべてのものに白を押しつけていた。その白がまぶしくて、外に出ずにひたすら4日の講演のプレゼンをつくっていた。

 眼が疲れたので休憩。白に覆われた戸外から郵便受けを閉める音が聞こえた。あまりにも眩しいので目を瞑りながポストから郵便物を出す。

 家に入りそれが『図書』だとわかった。

 まっ先に読むのが、冨原眞弓さんの文。冨原さんとスウェーデンの友人との交遊録だ。しかしその中身はもうかなり以前の話だ。今月号も、15年から30年ほど前の話。スウェーデンから1988年に二人の友人が日本に来た。そして冨原さんの家に長期逗留して日本のあちこちを廻った。二人の友人、世界一周の途次であった。40才を記念して世界一周の旅に出たのである。

 その翌年、冨原さんはストックホルムに住むインゲ、イェテポリに住むマリを訪問。

 2003年、インゲからマリが赤いロードスター(スウェーデンではミアータというそうだ)を洗車している写真が届いた。その数ヶ月後に、マリが亡くなったという知らせが届いた。1998年マリは、50才のバースデイに「ミアータ」を購入した。そしてその頃不治の病に罹っていることを知る。そして亡くなった。

 私にはまったく知らないスウェーデンの二人の女性の話を、冨原さんは『図書』に書きつづってきた。その文が、面白くて、また静謐だった。その理由がわかった。

 冨原さんという女性も知らなかった。調べてみたら、シモーヌ・ヴェイユの研究者。そしてムーミンの原作者トーベ・ヤンソンが好きな女性であることがわかった。私は、シモーヌ・ヴェイユもムーミンも好きだ。

 ずっと以前のことを、なぜ今ごろ書きつづったのだろうか。

 私も、この歳になると、ずっと以前のことを、詳細に思い出すことが多くなった。そういう歳なのかも知れない。

 私の頭上に太陽が光り輝き続けるまで、記憶は何度もよみがえるのだろうか。

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驚くべきニュース

2018-07-30 13:10:28 | 政治
 『沖縄タイムス』のスクープ。

米軍、放射性物質を下水に流す 大震災後トモダチ作戦 厚木・三沢で12万リットル超
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【本】安田浩一『「右翼」の戦後史』(講談社現代新書)

2018-07-30 08:16:34 | 
 この本の一部は、現代ビジネスでも読むことが出来る。

 「はじめに」で、安田はこう記している。

 政府や識者が社会の気分をつくり、煽り、右翼が暴力を示唆し、ネトウヨがそれに快哉を叫ぶ。繋がっている。続いている。そこには垣根も段差もない。

 安倍政権になってから、安倍とその取り巻きがまさにネトウヨと同じ思考をもっているから、政府発の差別やヘイトがその裾野をひろげているのだ。今年の秋に、私は天皇機関説事件を取り上げようとしてるが、1930年代よりも実はひどい状況だ。天皇機関説は、ネトウヨ的な右翼が叫び始め、それを右翼的な議員が議会で取り上げ、それが内閣や行政に波及していくという動きであったが、今は、政府、それを支える議員が叫び始めるのだから始末が悪い。

 更に安田はこうも記している。

 ネトウヨを含む右翼勢力が目指すのは「改憲」だけではなく、人権、反戦、反差別といった戦後民主主義が培ってきた“常識”の否定である。戦後という時間に対するバックラッシュ(反動・揺り戻し)である。

 彼らが狙っているのは、「戦前」ではあるが、実は日本が全体主義的な国家体制を構築した時代の再建である。「戦前」と一括りされる時代には、大正時代もあった。彼らが狙うのは少しデモクラティックな時代であった大正期ではさらさらないということだ。ネトウヨ始め右翼も、戦後民主主義の恩恵に与っているはずであるのに、それを無視して全体主義的な国家体制の再構築を求めているのだから、何とも言いようがない。

 目次はこうなっている。

 序章 前史ー日本右翼の源流
 第1章 消えゆく戦前右翼
 第2章 反米から「親米・反共」へ
 第3章 政治・暴力組織との融合
 第4章 新右翼の誕生
 第5章 宗教右翼の台頭と日本会議の躍進
 第6章 ネット右翼の跋扈

 戦後の右翼の流れが、当事者への取材を通して、よく記されている。戦後右翼は、戦前からの流れにつながりながらも、新たに政府自民党の別働隊として組織・利用され、しかし一時的にその関係がうすくなったこともあったが、現在では政治と右翼勢力は融合してしまっている。

 そしてその融合は、「一般人」をも含んできている。

 社会の一部は十分に極右化している。右翼の主体は街宣車を走らせる右翼でもなければ、在特会でもない。極右な気分に乗せられた一般人なのだ。

 もはやヘイトスピーチは「草の根」の専売特許ではない。社会の上と下で呼応しながら、差別のハードルを下げ続けている。

 私たちは右翼の大海原で生きている。

 そういう時代にあることを、きちんと認識する必要がある。その意味で、本書は必読文献である。

 少し付け加えておけば、右翼的な言説は、知的な背景を持たないものが多い。ただそれだけに短いことばで、誰にでもわかることばで発せられる。学びから遠ざかっている人々には、それらの言説が、根拠がなく、虚偽であることを認識できない。そういう時代をエネルギーにして、右翼の言説は力を得ているのだ。



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