今日も、太陽の光は強く、強い光は白と化し、すべてのものに白を押しつけていた。その白がまぶしくて、外に出ずにひたすら4日の講演のプレゼンをつくっていた。
眼が疲れたので休憩。白に覆われた戸外から郵便受けを閉める音が聞こえた。あまりにも眩しいので目を瞑りながポストから郵便物を出す。
家に入りそれが『図書』だとわかった。
まっ先に読むのが、冨原眞弓さんの文。冨原さんとスウェーデンの友人との交遊録だ。しかしその中身はもうかなり以前の話だ。今月号も、15年から30年ほど前の話。スウェーデンから1988年に二人の友人が日本に来た。そして冨原さんの家に長期逗留して日本のあちこちを廻った。二人の友人、世界一周の途次であった。40才を記念して世界一周の旅に出たのである。
その翌年、冨原さんはストックホルムに住むインゲ、イェテポリに住むマリを訪問。
2003年、インゲからマリが赤いロードスター(スウェーデンではミアータというそうだ)を洗車している写真が届いた。その数ヶ月後に、マリが亡くなったという知らせが届いた。1998年マリは、50才のバースデイに「ミアータ」を購入した。そしてその頃不治の病に罹っていることを知る。そして亡くなった。
私にはまったく知らないスウェーデンの二人の女性の話を、冨原さんは『図書』に書きつづってきた。その文が、面白くて、また静謐だった。その理由がわかった。
冨原さんという女性も知らなかった。調べてみたら、シモーヌ・ヴェイユの研究者。そしてムーミンの原作者トーベ・ヤンソンが好きな女性であることがわかった。私は、シモーヌ・ヴェイユもムーミンも好きだ。
ずっと以前のことを、なぜ今ごろ書きつづったのだろうか。
私も、この歳になると、ずっと以前のことを、詳細に思い出すことが多くなった。そういう歳なのかも知れない。
私の頭上に太陽が光り輝き続けるまで、記憶は何度もよみがえるのだろうか。
眼が疲れたので休憩。白に覆われた戸外から郵便受けを閉める音が聞こえた。あまりにも眩しいので目を瞑りながポストから郵便物を出す。
家に入りそれが『図書』だとわかった。
まっ先に読むのが、冨原眞弓さんの文。冨原さんとスウェーデンの友人との交遊録だ。しかしその中身はもうかなり以前の話だ。今月号も、15年から30年ほど前の話。スウェーデンから1988年に二人の友人が日本に来た。そして冨原さんの家に長期逗留して日本のあちこちを廻った。二人の友人、世界一周の途次であった。40才を記念して世界一周の旅に出たのである。
その翌年、冨原さんはストックホルムに住むインゲ、イェテポリに住むマリを訪問。
2003年、インゲからマリが赤いロードスター(スウェーデンではミアータというそうだ)を洗車している写真が届いた。その数ヶ月後に、マリが亡くなったという知らせが届いた。1998年マリは、50才のバースデイに「ミアータ」を購入した。そしてその頃不治の病に罹っていることを知る。そして亡くなった。
私にはまったく知らないスウェーデンの二人の女性の話を、冨原さんは『図書』に書きつづってきた。その文が、面白くて、また静謐だった。その理由がわかった。
冨原さんという女性も知らなかった。調べてみたら、シモーヌ・ヴェイユの研究者。そしてムーミンの原作者トーベ・ヤンソンが好きな女性であることがわかった。私は、シモーヌ・ヴェイユもムーミンも好きだ。
ずっと以前のことを、なぜ今ごろ書きつづったのだろうか。
私も、この歳になると、ずっと以前のことを、詳細に思い出すことが多くなった。そういう歳なのかも知れない。
私の頭上に太陽が光り輝き続けるまで、記憶は何度もよみがえるのだろうか。