韓国映画。1980年5月に実際にあった光州事件。全斗煥軍事独裁政権に抗して民主化運動を行った光州市民に、軍は銃器をつかい鎮圧を試みた。光州市を閉鎖し、韓国の軍隊は市民を無差別に殺戮した。その実際の姿は、隠されていた。しかしドイツのジャーナリストは光州に潜入し、軍が市民を殺戮する姿を撮影、数々の危険に遭遇しながらも何とか脱出し世界に報じた。
この映画は、そのドイツ人ジャーナリストをソウルから光州に運び、そして脱出させたタクシー運転手を描く。
前半部のタクシー運転手のある意味滑稽な日常生活は、金儲けのために外国人ジャ-ナリストを乗せてから、徐々に変化していく。タクシー運転手の日常生活からは想像できない出来事が起きていた。光州で何が起きているかを撮影に来たジャーナリストと同一行動をとるのだから、無数の危険と隣り合わせであった。
ジャーナリストの問題意識を持っていなかったタクシー運転手は、しかし光州の状況、光州市民の怒りと闘いに触れる中で、彼自身も変化していく。光州の姿を世界に伝えて欲しい、これは抵抗する光州市民の意志であると同時に、タクシー運転手の意志となった。
光州における軍と市民との行き詰まる闘い、市民に対して無差別に銃弾が撃ち込まれる。ジャーナリストとタクシー運転手は、それを見届け、世界に伝えるべく光州を脱出。
光州事件は、世界に発信される。
後半、私は拳を握りながら、必死に画面を追った。私の目は喰いいるように、事態の展開を追った。
韓国は、このような過酷な歴史を経て、今がある。
私は韓国史を勉強し、それを書いたことがあるが、韓国の近現代史は、壮絶であった。植民地支配、南北分断、朝鮮戦争、軍事独裁政権・・・・・・韓国市民の苦痛を日本人がどれほど同時代的に見つめていたのか。日本の責任は、実は重大である。私は、韓国のこうした歴史を繙く時、日本人としての責任を感じ、申し訳ないと思う。
韓国の今は、光州事件など韓国の人々に襲いかかった圧迫や迫害と闘い、振り払ってきた歴史が支えているのである。とても感動的な映画である。多くの人に見てもらいたい。
この映画は、そのドイツ人ジャーナリストをソウルから光州に運び、そして脱出させたタクシー運転手を描く。
前半部のタクシー運転手のある意味滑稽な日常生活は、金儲けのために外国人ジャ-ナリストを乗せてから、徐々に変化していく。タクシー運転手の日常生活からは想像できない出来事が起きていた。光州で何が起きているかを撮影に来たジャーナリストと同一行動をとるのだから、無数の危険と隣り合わせであった。
ジャーナリストの問題意識を持っていなかったタクシー運転手は、しかし光州の状況、光州市民の怒りと闘いに触れる中で、彼自身も変化していく。光州の姿を世界に伝えて欲しい、これは抵抗する光州市民の意志であると同時に、タクシー運転手の意志となった。
光州における軍と市民との行き詰まる闘い、市民に対して無差別に銃弾が撃ち込まれる。ジャーナリストとタクシー運転手は、それを見届け、世界に伝えるべく光州を脱出。
光州事件は、世界に発信される。
後半、私は拳を握りながら、必死に画面を追った。私の目は喰いいるように、事態の展開を追った。
韓国は、このような過酷な歴史を経て、今がある。
私は韓国史を勉強し、それを書いたことがあるが、韓国の近現代史は、壮絶であった。植民地支配、南北分断、朝鮮戦争、軍事独裁政権・・・・・・韓国市民の苦痛を日本人がどれほど同時代的に見つめていたのか。日本の責任は、実は重大である。私は、韓国のこうした歴史を繙く時、日本人としての責任を感じ、申し訳ないと思う。
韓国の今は、光州事件など韓国の人々に襲いかかった圧迫や迫害と闘い、振り払ってきた歴史が支えているのである。とても感動的な映画である。多くの人に見てもらいたい。