「石川九楊の世界展」 三越日本橋本店ギャラリー 9/19

三越日本橋本店新館7階ギャラリー(中央区日本橋室町)
「石川九楊の世界展 -書業55年還暦記念- 」
9/13~9/19(会期終了)

先日まで日本橋の三越で開催されていた、書家の石川九楊氏の個展です。私は書について知識がなく、当然ながら、この方の作品を見たのも今回が初めてでしたが、誤解を怖れずに敢えて言えば、氏の書業はもはや「書」の領域を超越しているようです。言い換えれば「言霊に根ざした抽象画」とでも表現出来そうな、いわゆる現代美術として捉え得る内容だったとも思います。極めて独創的です。一般的な書のイメージは完全に吹き飛んでいます。

展覧会は、比較的初期の作品から、近作のシリーズまで、石川氏の書業を幅広く紹介する内容となっていましたが、その中でも圧巻なのは、「歎異妙」や「源氏物語」などの、一見しただけでは到底文字とは判別出来ない、ある意味で、書を無限大に超えた世界観が実現されたような作品群です。もちろん、書においては、文字自体の意味が重要であって、当然ながら、石川氏も、あくまで書家として文字を書き続けているのかと思いますが、結果として表現された画面は、もはや完全に抽象的な世界です。形として見える書を見た(読んだ)時、そこに何を見出すのか。見る者に多くのイメージが委ねられています。

書の元となった現代詩や古典文学の意味や情景は、作品としての書へ投影されているようにも見えます。残念ながら、現代詩は、タイトルのみが注釈として明記されているだけなので、その内容は殆ど分かりませんが、源氏物語などの古典文学では、場面毎の情景描写、例えば侘しさや哀しさなどが、作品の書からも感じられるのです。ただ、石川氏の自作の詩には、原典としての意味が全く記載されていなく、氏本人の意向によれば、あくまでも書そのものから意味を汲み取って欲しいということだそうです。ですから、その意向を鑑みた場合、形としてのイメージと、既知としての原典のイメージを組み合わせることは、もしかしたら拙い「見方」だったのかもしれません。

2001年9月11日に発生した、いわゆる「アメリカ同時多発テロ事件」以降、氏はズバリ「9.11」と題された作品群を制作しています。そこでは、一目で世界貿易センタービルと分かるような形をした円筒形の建物が、細い線(これはもちろん「書」であるわけですが。)に取り巻かれながら、崩れさっていく光景が描かれています。ビルの周囲を囲むように、上から下へと、強い筆圧で描かれた曲線は、氏の近作でも見られる表現ですが、この「9.11」の作品にかかると、当時、ビルの崩落する様を生々しく捉えたテレビ映像と重なり合って、崩落の瞬間の煙や瓦礫にも見えてきます。そこからは、この事件によって亡くなった方々への哀悼の意が感じられるとともに、9.11以降の世界秩序への批判も読み取ることが出来そうです。

石川氏の、書に立脚しながらも全くその範疇にとらわれない自由な表現は、文字の解体を伴うような、既存の書への強い批判精神が感じられます。書のイメージを壊しつつも、非常に説得力のある方法で独自の世界観を構築している。これは稀有な方だと思いました。
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