新国立劇場 「ニュルンベルクのマイスタージンガー」 9/17

新国立劇場 2005/2006シーズン
ワーグナー「ニュルンベルクのマイスタージンガー」

指揮 シュテファン・アントン・レック
演出 ベルント・ヴァイクル
キャスト
 ハンス・ザックス ペーター・ウェーバー
 ファイト・ポーグナー ハンス・チャマー
 クンツ・フォーゲルゲザング 大野光彦
 コンラート・ナハティガル 峰茂樹
 ジクストゥス・ベックメッサー マーティン・ガントナー
 フリッツ・コートナー 米谷毅彦
 バルタザール・ツォルン 成田勝美
 ウルリヒ・アイスリンガー 望月哲也
 アウグスティン・モーザー 高橋淳
 ヘルマン・オルテル 長谷川顯
 ハンス・シュヴァルツ 晴雅彦
 ハンス・フォルツ 大澤建
 ヴァルター・フォン・シュトルツィング リチャード・ブルナー
 ダーヴィット 吉田浩之
 エーファ アニヤ・ハルテロス
 マグダレーネ 小山由美
 夜警 志村文彦
合唱 新国立劇場合唱団
管弦楽 東京フィルハーモニー交響楽団

2005/9/17 16:00~ 新国立劇場オペラ劇場 4階

新国立劇場の新シーズンのオープニング公演である、ワーグナーの楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」を聴いてきました。

この日の公演で最も素晴らしかったのは、最近、公演を重ねる毎にメキメキと力を上げているようにも思える、新国立劇場合唱団の力強く甘美な歌声です。このオペラでは、いわゆる見せ場に殆ど合唱が絡んでいて、それがワーグナー一流の大きなうねりを伴う壮大な劇を生み出していくのですが、新国立劇場合唱団は、時にはグイグイと押し出すように力強く、またある時には控えめ囁くように、極めて幅広い表現力でもって、それを実現していたと思います。劇中の最大の見せ場でもある第三幕での歌合戦においても、オーケストラと歌手を引っ張るかのように、大きく逞しく盛り上げていきます。見事としか言いようがありません。

歌手では、相変わらず役作りの上手いポーグナーのチャマーと、柔らかく伸びやかな歌声が魅力的なダーヴィットの吉田浩之が一際目立っていました。もちろん、主役であるザックスのウェーバーやヴァルターのブルナーも、長丁場を最後まで健闘していたかと思いますが、この二人の前には幾分存在感が希薄だったかもしれません。また、エーファのハルテロスは、強い意志を感じさせるようなやや硬めの声質で、ホールいっぱいに響きわたる歌唱も圧巻だったのですが、この公演における彼女の位置付けとやや相容れない気もして、若干の違和感も感じました。

東フィルは大健闘です。弦のしなやかさと、木管の軽やかな響き。この公演への強い意気込みが感じられます。さすがに金管こそ最後の方は厳しいかとは思いましたが、全体としては高い水準だったのではないでしょうか。また、レックの指揮は、思わぬ箇所で、やや作為的な表情を音楽に求める傾向があり、前奏曲を含め、特にオーケストラのみの部分で物足りなさを感じたのも事実でしたが、歌わせる部分はゆったりとしたテンポでじっくり聴かせてくれます。もう一歩、全体でも、大きな音楽の流れに任せるような、深い呼吸感のある指揮であればとも思いました。

演出は、歌手としてこのオペラを知り尽くしているというヴァイクルによるものでしたが、彼はこのオペラを、人情味溢れた喜劇として、非常に明確に位置付けています。ですから、劇からは、既存の権威への告発を伴う芸術への賛美とでも言うような、思想的メッセージが極力除かれていました。ザックスとエーファ、それにヴァルターは、半ば三角関係的な恋愛劇として描かれ、ペッグメッサーも完全に道化として、愛くるしささえ感じられるほどお茶目な役回りです。これはまるでロッシーニの歌劇でも見ているような雰囲気です。もちろん、このような喜劇的要素は、このマイスタージンガーという長大な作品の持つ一側面ではありますが、やはりこの流れに沿うと、第三幕最後におけるザックスへの賛美と、その反面とも言えるペッグメッサーへの嘲笑が、あまりにも唐突に、そしてあまりにも不憫に感じられてしまいます。この演出では、当然ながらその点を全く隠すことなく表現していましたが、何か違和感が拭えないのも事実でした。

少なくとも明快なコンセプトを見せていた演出に対して、それをステージ上で体現する舞台装置は、残念ながらあまり良いものとは思えません。ニュルンベルクの街を描いた箱形の装置は、美感にも乏しく、また、第三幕を除けば、ステージを埋め尽くすかのように窮屈に置かれています。もちろん、その分、歌手の声はホールへと良く通ることにはなるのですが、視覚的には、音楽の持つ壮大さを、半ばかき消すかように見えてしまうのです。また、登場人物の細かい所作は、かなり丁寧に描かれていましたが、群衆が登場して来るとやや散漫になってしまうのも気になりました。もう少し配慮があればとも思わせます。

ワーグナーの中でも特に好きな作品だけあって、最初から最後まで楽しみながら聴くことができましたが、今回の舞台を見て改めて、この作品特有の難しさのようなものを感じました。ただ、音楽的にはかなり良い出来かと思います。機会があればもう一日見に行きたいです。
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