都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「長谷川りん二郎展」 平塚市美術館
平塚市美術館(神奈川県平塚市西八幡1-3-3)
「平明・静謐・孤高 - 長谷川りん二郎展」
4/17-6/13
平塚市美術館で開催中の「平明・静謐・孤高 - 長谷川りん二郎展」へ行ってきました。
ちらし表紙の「猫」(1966年)を見て、その不思議な画風に惹かれる方も多いのではないでしょうか。長谷川りん二郎(はせがわりんじろう。1904-1988)は生涯、ほぼ画壇に属さずに絵を描き続けたばかりか、地味井平造の名前で探偵小説を執筆するなど、一風変わった経歴でその名を知られていましたが、これまで制作の全貌を紹介する本格的な機会は一度ありませんでした。本展はそうした長谷川を初めて公立美術館で回顧する大規模な展覧会です。初期より晩年の主に油彩画、約125点ほどが、主に年代(一部テーマ別)に沿ってずらりと紹介されていました。
それでは早速、会場写真を交えて、展示の様子を追っていきます。
1.初期の画業
長谷川が油彩を手がけたのは、14、15歳の頃です。当初は未来派やキュビズムに影響された画風が目立ちます。
「窓とかまきり」(1930年)
1924年に上京後、画学校に通うも直ぐさま退学します。以降はほぼ独学にて絵を描き続けました。上の「窓とかまきり」はその奇妙な構図、また背景の細かに描かれた森林の描写など、早くも長谷川の特徴を伺える作品と言えるかもしれません。
2.フランス留学
1931年、長谷川はシベリア鉄道でパリへと向かいます。おおよそ一年間、パリのアトリエでフランスの風景などを描きました。
「道(巴里郊外)」(1931年)宮城県美術館蔵
奥行き感のある構図、そして堅牢な建物、またその静けさに満ちた空気は、時にルソー、また一方で松本竣介の世界を連想させるものがあるのではないでしょうか。
3.挿絵/装丁
展示では長谷川が手がけていた挿絵の仕事と、地味井正造の名で執筆していた探偵小説も僅かながら紹介されています。りん二郎は父にジャーナリストの清を、また兄に小説家の海太郎を、また弟にロシア文学者で詩人の濬、作家の四郎を持つという、半ば文筆を生業とした家に生まれました。
また一時、彼は兄の海太郎と同居し、文筆活動を続けたこともあったそうです。その時の家の大家は小説家の松本泰でした。
4.フランス帰国後
フランス留学後、彼の生涯で最も世の中との関わりを持った時期が到来します。1932年から4年連続で二科展に出品し、また個展も開催するなどして画家としての活動を強めていきました。
「芭蕉の庭」(1947年)おかざき世界こども美術博物館蔵
京都や奈良への取材旅行へも積極的に出かけたそうです。とは言え、名所をそのまま描くのではなく、例えば「冬 強と銀閣寺付近」(1937年)のように近辺の野山を描くなど、長谷川ならではの自然への素朴な眼差しが随所で感じられました。
5.時計のある門
「時計のある門(東京麻布天文台)」(1935年)
長谷川自身も大変に気に入っていたという「時計のある門(東京麻布天文台)」が登場します。彼は「この塀を描くために巴里から帰って来た。」(1985年 時計のある門より)という言葉も残していますが、その緻密に表されたレンガ塀の質感には驚かされました。
6.花とバラ
長谷川の特徴的なモチーフとしてバラなどの花木画を挙げることが出来ます。正面からの視点で花を捉えた作品は、例えばボーシャンの画を思わせるものがないでしょうか。また時に彼は10年以上の時を超え、同じモチーフを描いたこともあったのだそうです。
長谷川の画家としての才能を見出したのは、画商、コレクターとしても知られる洲之内徹でした。彼のバラを描いた作品を見た洲之内は、もはや作者はこの世にいない者だと勘違いしていたそうです。確かに花の凍り付いたかのような気配は、そう思わせるのも無理はありません。まさに孤高でした。
7.静物
展示のハイライトとしても過言ではありません。特に後期の代表的モチーフ、卓上静物こそ、長谷川の特異な画風を知るのに最も相応しい作品です。ただ整然と机の上に並ぶ紙袋や空き瓶などが、非常に端正な筆で描かれていきました。
「玩具と絵本」(1979年)
現実の、しかも身近なモチーフであるにも関わらず、どこかシュールな光景を見ているような気分にさせられるのは一体何に由来するのでしょうか。純化した瓶などの先には、何か近づき難い、まだ見えぬ非現実の世界が開かれているのかもしれません。
長谷川の「現実を越えて、現実の奥に隠れて、それでいて表面にありありと現れるもの。」(絵画について)という言葉が印象に残りました。
8.猫のモチーフ
ここではちらしの表紙にもなった「猫」が登場します。
「猫」(1966年)宮城県美術館蔵
なおこの猫はタローと呼ばれていたそうですが、その髭の部分にちょっとした秘密が隠されています。この図版では何とも分かりませんが、会場で確かめてみて下さい。猫の顔にあるはずのある部分が、これまたとある事情から抜け落ちているのです。
またここではタローの履歴書と題された一文も必見です。茶目っ気のある性格の一面も伺えました。
9.風景
主に1950~60年代にかけて描いた風景画を紹介します。長谷川は実際に東京近郊へ出かけ、そこでスケッチを行い、絵画を制作しました。
しかしながら晩年、歩行が困難となった長谷川は、アトリエの窓から見える風景を描くようになります。また彼はアトリエを非常に清潔にするよう心がけていたそうです。(「アトリエはいつも掃除してゴミ一つ落ちていないようにすること。」/詩と感想ノートより)そうした半ば潔癖な性格と、どこか律儀な画風もリンクしている面があるかもしれません。
「長谷川りん二郎画文集 静かな奇譚/土方明司/求龍堂」
実は私がこの画家を知った切っ掛けは、先だって書店で発売がはじまった本展の図録、「長谷川りん二郎画文集 静かな奇譚」(求龍堂)を見たことでした。そこで殆ど偶然に中を開き、その画風に惹かれ、直ぐさま平塚へ行くことを決めましたが、もしご存知ないようでしたら是非手にとってご覧下さい。ちなみにその図録自体の出来が極めて秀逸です。一般的な展示図録など問題になりません。一線を遥かに超えています。
GW中に展示に関連した講演会が予定されています。
講演会「長谷川りん二郎の魅力」
日時:4月29日(木・祝) 14:00~15:30
講師:原田光氏(岩手県立美術館館長)
場所:ミュージアムホール
参加:無料・申込み不要
一期一会の記念すべき回顧展です。私としては平塚市美というと一昨年の御舟展も強く心に残りましたが、その時と同じくらい深い余韻を味わいました。鮮烈なイメージこそありませんが、いつの間にか画の中へ強く引込まれている自分に気がつきました。
ちなみに同館へは東海道線の平塚駅からのバスが便利です。駅北口4番乗り場より「美術館入口」バス停まで10分とかかりません。また若干距離がありますが、歩いても約20分ほどで到着します。(アクセス/地図)
6月13日まで開催されています。自信を持っておすすめします。なお平塚展終了後、以下の日程で各美術館へと巡回の予定です。(関東開催は平塚のみ。)
7月1日(木)~8月15日(日)下関市立美術館
8月28日(土)~10月17日(日)北海道立函館美術館
10月23日(土)~12月23日(祝・木)宮城県美術館
注)写真の撮影と掲載は主催者の許可を得ています。
「平明・静謐・孤高 - 長谷川りん二郎展」
4/17-6/13
平塚市美術館で開催中の「平明・静謐・孤高 - 長谷川りん二郎展」へ行ってきました。
ちらし表紙の「猫」(1966年)を見て、その不思議な画風に惹かれる方も多いのではないでしょうか。長谷川りん二郎(はせがわりんじろう。1904-1988)は生涯、ほぼ画壇に属さずに絵を描き続けたばかりか、地味井平造の名前で探偵小説を執筆するなど、一風変わった経歴でその名を知られていましたが、これまで制作の全貌を紹介する本格的な機会は一度ありませんでした。本展はそうした長谷川を初めて公立美術館で回顧する大規模な展覧会です。初期より晩年の主に油彩画、約125点ほどが、主に年代(一部テーマ別)に沿ってずらりと紹介されていました。
それでは早速、会場写真を交えて、展示の様子を追っていきます。
1.初期の画業
長谷川が油彩を手がけたのは、14、15歳の頃です。当初は未来派やキュビズムに影響された画風が目立ちます。
「窓とかまきり」(1930年)
1924年に上京後、画学校に通うも直ぐさま退学します。以降はほぼ独学にて絵を描き続けました。上の「窓とかまきり」はその奇妙な構図、また背景の細かに描かれた森林の描写など、早くも長谷川の特徴を伺える作品と言えるかもしれません。
2.フランス留学
1931年、長谷川はシベリア鉄道でパリへと向かいます。おおよそ一年間、パリのアトリエでフランスの風景などを描きました。
「道(巴里郊外)」(1931年)宮城県美術館蔵
奥行き感のある構図、そして堅牢な建物、またその静けさに満ちた空気は、時にルソー、また一方で松本竣介の世界を連想させるものがあるのではないでしょうか。
3.挿絵/装丁
展示では長谷川が手がけていた挿絵の仕事と、地味井正造の名で執筆していた探偵小説も僅かながら紹介されています。りん二郎は父にジャーナリストの清を、また兄に小説家の海太郎を、また弟にロシア文学者で詩人の濬、作家の四郎を持つという、半ば文筆を生業とした家に生まれました。
また一時、彼は兄の海太郎と同居し、文筆活動を続けたこともあったそうです。その時の家の大家は小説家の松本泰でした。
4.フランス帰国後
フランス留学後、彼の生涯で最も世の中との関わりを持った時期が到来します。1932年から4年連続で二科展に出品し、また個展も開催するなどして画家としての活動を強めていきました。
「芭蕉の庭」(1947年)おかざき世界こども美術博物館蔵
京都や奈良への取材旅行へも積極的に出かけたそうです。とは言え、名所をそのまま描くのではなく、例えば「冬 強と銀閣寺付近」(1937年)のように近辺の野山を描くなど、長谷川ならではの自然への素朴な眼差しが随所で感じられました。
5.時計のある門
「時計のある門(東京麻布天文台)」(1935年)
長谷川自身も大変に気に入っていたという「時計のある門(東京麻布天文台)」が登場します。彼は「この塀を描くために巴里から帰って来た。」(1985年 時計のある門より)という言葉も残していますが、その緻密に表されたレンガ塀の質感には驚かされました。
6.花とバラ
長谷川の特徴的なモチーフとしてバラなどの花木画を挙げることが出来ます。正面からの視点で花を捉えた作品は、例えばボーシャンの画を思わせるものがないでしょうか。また時に彼は10年以上の時を超え、同じモチーフを描いたこともあったのだそうです。
長谷川の画家としての才能を見出したのは、画商、コレクターとしても知られる洲之内徹でした。彼のバラを描いた作品を見た洲之内は、もはや作者はこの世にいない者だと勘違いしていたそうです。確かに花の凍り付いたかのような気配は、そう思わせるのも無理はありません。まさに孤高でした。
7.静物
展示のハイライトとしても過言ではありません。特に後期の代表的モチーフ、卓上静物こそ、長谷川の特異な画風を知るのに最も相応しい作品です。ただ整然と机の上に並ぶ紙袋や空き瓶などが、非常に端正な筆で描かれていきました。
「玩具と絵本」(1979年)
現実の、しかも身近なモチーフであるにも関わらず、どこかシュールな光景を見ているような気分にさせられるのは一体何に由来するのでしょうか。純化した瓶などの先には、何か近づき難い、まだ見えぬ非現実の世界が開かれているのかもしれません。
長谷川の「現実を越えて、現実の奥に隠れて、それでいて表面にありありと現れるもの。」(絵画について)という言葉が印象に残りました。
8.猫のモチーフ
ここではちらしの表紙にもなった「猫」が登場します。
「猫」(1966年)宮城県美術館蔵
なおこの猫はタローと呼ばれていたそうですが、その髭の部分にちょっとした秘密が隠されています。この図版では何とも分かりませんが、会場で確かめてみて下さい。猫の顔にあるはずのある部分が、これまたとある事情から抜け落ちているのです。
またここではタローの履歴書と題された一文も必見です。茶目っ気のある性格の一面も伺えました。
9.風景
主に1950~60年代にかけて描いた風景画を紹介します。長谷川は実際に東京近郊へ出かけ、そこでスケッチを行い、絵画を制作しました。
しかしながら晩年、歩行が困難となった長谷川は、アトリエの窓から見える風景を描くようになります。また彼はアトリエを非常に清潔にするよう心がけていたそうです。(「アトリエはいつも掃除してゴミ一つ落ちていないようにすること。」/詩と感想ノートより)そうした半ば潔癖な性格と、どこか律儀な画風もリンクしている面があるかもしれません。
「長谷川りん二郎画文集 静かな奇譚/土方明司/求龍堂」
実は私がこの画家を知った切っ掛けは、先だって書店で発売がはじまった本展の図録、「長谷川りん二郎画文集 静かな奇譚」(求龍堂)を見たことでした。そこで殆ど偶然に中を開き、その画風に惹かれ、直ぐさま平塚へ行くことを決めましたが、もしご存知ないようでしたら是非手にとってご覧下さい。ちなみにその図録自体の出来が極めて秀逸です。一般的な展示図録など問題になりません。一線を遥かに超えています。
GW中に展示に関連した講演会が予定されています。
講演会「長谷川りん二郎の魅力」
日時:4月29日(木・祝) 14:00~15:30
講師:原田光氏(岩手県立美術館館長)
場所:ミュージアムホール
参加:無料・申込み不要
一期一会の記念すべき回顧展です。私としては平塚市美というと一昨年の御舟展も強く心に残りましたが、その時と同じくらい深い余韻を味わいました。鮮烈なイメージこそありませんが、いつの間にか画の中へ強く引込まれている自分に気がつきました。
ちなみに同館へは東海道線の平塚駅からのバスが便利です。駅北口4番乗り場より「美術館入口」バス停まで10分とかかりません。また若干距離がありますが、歩いても約20分ほどで到着します。(アクセス/地図)
6月13日まで開催されています。自信を持っておすすめします。なお平塚展終了後、以下の日程で各美術館へと巡回の予定です。(関東開催は平塚のみ。)
7月1日(木)~8月15日(日)下関市立美術館
8月28日(土)~10月17日(日)北海道立函館美術館
10月23日(土)~12月23日(祝・木)宮城県美術館
注)写真の撮影と掲載は主催者の許可を得ています。
コメント ( 14 ) | Trackback ( 0 )