「ベルギー王立図書館所蔵 ブリューゲル版画の世界」 Bunkamura ザ・ミュージアム

Bunkamuraザ・ミュージアム渋谷区道玄坂2-24-1
「ベルギー王立図書館所蔵 ブリューゲル版画の世界」
7/17-8/29



Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「ベルギー王立図書館所蔵 ブリューゲル版画の世界」のプレスプレビューに参加してきました。

版画好きには待望の展示ということで期待はしていましたが、実際にもなかなか見応えのある内容に仕上がっています。会場にはブリューゲル76点、また同時代の画家約74点、計150点もの版画作品がずらりと揃っていました。全て版画という展覧会は文化村でも珍しいのではないでしょうか。良い意味で実にマニアックな企画でした。


(展示風景)

さてプレビュー時に、この展覧会を監修された森洋子氏(現明治大学名誉教授)のレクチャーを拝聴することが出来ました。以下、その内容を私なりにアレンジした上で、展示の見どころをあげてみます。ご鑑賞の参考にしていただければ幸いです。

1. 国内初、ブリューゲルと同時代の画家を並べた展覧会

国内でのブリューゲルの版画展というと、1972年の神奈川県立美術館、また89年のブリヂストン美術館など、過去に数回は開催されたそうですが、ブリューゲルと同時代の画家を同じ規模で紹介する展示は今回が初めてだそうです。よってブリューゲル版画を単に楽しむのではなく、その時代性、または源流などを探る内容ともなっていました。


(バベルの塔を描いた二枚の作品です。左がブリューゲルでした。)

同一主題でブリューゲルとそれ以外の画家の作品を比較出来るのも嬉しいところです。森氏によれば同じような構図をとる作品でもブリューゲルはアニメーション的な動きがあり、また他の画家はそうした要素が少ないとのことでした。

2. 風景版画とブリューゲル~アントワープとアルプス~


ピーテル・ブリューゲル「外洋へ出帆する4本マストの武装帆船」
1561年以降 エングレーヴィング
ベルギー王立図書館所蔵 KBR


港湾都市でもあるアントワープの地で画業を営んだブリューゲルは、そうした地理的な要因にもよるのか、船をテーマとして作品を何枚も手がけています。また一方、かなり早い段階でイタリアの地へ旅行した彼は、途中に通過したアルプスの山々のあまりにも急な様子に驚き、その風景を版画に表して描きました。


ピーテル・ブリューゲル「ネーデルラントの4輪馬車」
1555-56年 エングレーヴィング、エッチング
ベルギー王立図書館所蔵 KBR


ブリューゲルというとどこかコミカルな怪物が登場する作品の印象が強いかもしれませんが、今回はこうしたいわゆる風景画も多数展示されています。ちなみに彼の風景版画における鳥瞰的な視点は、森氏によるとまさに鳥で空を飛んで見た時の景色に近いのだそうです。時に旅情を誘う作風にはそうした要因があるからかもしれません。

3. 7つの罪源と7つの徳目~展覧会のハイライト~

やはり聖書にも由来するお馴染みの奇怪極まりない作品が注目されるのは間違いありません。


ピーテル・ブリューゲル「聖アントニウスの誘惑」
1556年 エングレーヴィング
ベルギー王立図書館所蔵 KBR


ブリューゲルの活躍する40年前に亡くなったヒエロニムス・ボスに接近したともされる「聖アントニウスの誘惑」や「冥府へ下るキリスト」などの定番作品も見どころの一つではないでしょうか。そう出品頻度の低いものではありませんが、この辺はやはり何度見ても楽しめます。


ピーテル・ブリューゲル「冥府へ下るキリスト」
1561年頃 エングレーヴィング
ベルギー王立図書館所蔵 KBR


そしてこちらも比較的見る機会の多い、「7つの罪源」と「7つの徳目」の各シリーズです。展示のハイライトになるのではないでしょうか。


ピーテル・ブリューゲル「大食」(七つの罪源シリーズ)
1558年 エングレーヴィング
ベルギー王立図書館所蔵 KBR


多数描かれた靴が他人の所有物を羨ましがっている様子を表す「嫉妬」(罪源)、また着飾った人間が虚栄を示すという「傲慢」(罪源)の他、一方では意外にも学芸を敢えて知識過剰として戒める「節制」(徳目)などに興味を引かれました。


ピーテル・ブリューゲル「節制」(七つの徳目シリーズ)
1560年頃 エングレーヴィング
ベルギー王立図書館所蔵 KBR


ちなみに「節制」に、こうした学芸への批判精神をこめたのはブリューゲル以外にあまり例がないそうです。何事も中庸であるべきという意味なのかもしれません。

4. ことわざと教訓から得られるもの


(「12のネーデルランドの諺」の展示風景。映像スクリーンでの解説も用意されています。)

当時、極めて人気のあったフランス・ホーヘンベルフの「青いマント」には何と43ものことわざが記されていますが、それに関連されて製作されたのが今回、ブリューゲル周辺の画家として紹介された一連の作品、「12のネーデルランドの諺」でした。


ピーテル・ブリューゲル「大きな魚は小さな魚を食う」
1557年 エングレーヴィング
ベルギー王立図書館所蔵 KBR


ブリューゲル、また周辺の画家は、宗教的な主題云々を通り越して、こうした風俗的なことわざや教訓をいくつも版画に表していきます。かの有名な「大きな魚は小さな魚を食う」もそのようなことわざに由来する作品です。ここは解説パネルや映像などがその意味を解き明かすのに役立っていました。

5. 現存する唯一のエッチング

ブリューゲル版画の大半は下絵が本人、そして彫りが職人による分業制をとっていますが、作品番号6の「野うさぎ狩りのある風景」の一点だけは、ブリューゲル自身が版画までを手がけたものです。展示冒頭、番号6の作品には是非注目して下さい。

6. 庶民への温かい眼差し~細やかな生活観察~

ブリューゲルが農村の日常風景を細密なタッチで描いたことは良く知られていますが、そこに彼自身の大きな農民生活への共感があったことを見逃してはなりません。アントワープ近郊、ホボケンの縁日の光景を表した「ホボケンの縁日」では、酒を飲んで楽しむ農民たちの様子を生き生きと描いていました。


ピーテル・ブリューゲル「ホボケンの縁日」
1559年頃 エングレーヴィング、エッチング
ベルギー王立図書館所蔵 KBR


都市住民であったブリューゲルはこうした庶民の遊びを冷ややかに見ていたのではないかという指摘もなされるそうですが、今回の展示ではそうした見方に対してかなり否定的です。

例えばこのホボケンにおいても例えばミサの様子を描くことで彼らが敬虔な教徒であることを示し、また他の画家で良く描かれるという暴れて喧嘩したりする光景をブリューゲルは殆ど描き入れませんでした。

ちなみにブリューゲル自身も変装してこうした集いに参加していたそうです。森氏によればブリューゲルには農民の生活を芸術の対象として捉えようと考えがあったのではないかとのことでした。


(展示風景)

全て版画のみと、見ようによってはやや地味な展示でもありますが、さすがに文化村ということでエンターテイメントとしても楽しめる工夫がなされています。作品を拡大したアニメーション映像の他、出品リストと一体となったクイズ形式のワークシート、またスタンプと、仕掛けも盛りだくさんでした。


(図録表紙)

今回、私が自信を持っておすすめしたいのが2500円の図録です。会場では個々の作品にそう細かなキャプションが付いているわけではありませんが、ここでは鮮明な図版とともに、それこそ余白を埋め尽くさんと言わんばかりの膨大な解説が事細かに記されています。またブリューゲル版画には作品中、ラテン語による銘文がいくつも記載されていますが、この図録ではブリューゲル以外の画家の銘文についても殆ど初めて日本語に翻訳したそうです。森氏の労作の論文2本を含め、永久保存版となり得る一冊となること間違いありません。


(展示風景)

ところで鑑賞に際して一つお伝えしておきたいことがあります。それは作品の額装についてです。背景が白いものがブリューゲル、色がついているものはそれ以外の画家を表しています。



つまりこの上の展示では左がブリューゲル、そして右がそれ以外の画家の作品となります。見分けるのに役立つのではないでしょうか。

一般的に版画展がそう混雑することはありませんが、今回は人気のブリューゲルということもあり、ひょっとすると夏休みにかけて人出が増すかもしれません。経験上、同館で最もスムーズに作品が見られるのは、毎週金曜と土曜の夜間開館(21時まで)です。単眼鏡を片手に、小さな版画をがぶりつきで楽しむには、やはり夜に出かけるのが一番ではないでしょうか。私も再度見に行く時は夕方以降を狙うつもりでいます。

8月29日までの開催です。もちろんお見逃しなきようおすすめします。

注)写真の撮影と掲載については主催者の許可を得ています。
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