国民宿舎杜の宿と大元神社の間の遊歩道を少し山手に向かったところにある血仏と呼ばれている供養塔で、明暦4年(1658)に建立されたものである。弘治元年(1555)宮島の地で毛利元就と陶晴賢とが争った厳島合戦で多くの将兵が亡くなり、これらを供養するために建立されたものとみられる。更新の活力になります! ポチッとね!
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