百田正樹著『海賊とよばれた男 上下』(2012年7月講談社発行)を読んだ。
上巻の宣伝文句は以下。
「ならん、ひとりの馘首もならん!」--異端の石油会社「国岡商店」を率いる国岡鐵造は、戦争でなにもかもを失い残ったのは借金のみ。そのうえ大手石油会社から排斥され売る油もない。しかし国岡商店は社員ひとりたりとも解雇せず、旧海軍の残油浚いなどで糊口をしのぎながら、逞しく再生していく。20世紀の産業を興し、人を狂わせ、戦争の火種となった巨大エネルギー・石油。その石油を武器に変えて世界と闘った男とは--出光興産の創業者・出光佐三をモデルにしたノンフィクション・ノベル、『永遠の0』の作者・百田尚樹氏畢生の大作その前編。
出光興産は、タイムカードなし、出勤簿なし、馘首なし、定年なし、大家族主義で、株式上場をしなかった。また、西欧の巨大石油会社、銀行、官庁からの役員を受け入れず、プロパーの石油プロ集団の会社だった。
下巻は6割近くを日章丸事件の話が占める。イランは英国資本の油田を一方的に国有化した。これを断固認めない英国は、海軍を派遣してイランから石油を運ぶタンカーを拿捕する。出光の日章丸は英国海軍の包囲網を突破して、イランから日本へ石油を持ち帰る。
登場人物相関図
なお、九州でガソリンスタンドを経営する新出光の会長の出光芳秀は佐三の甥で、その妻が推理作家の夏樹静子。
私の評価としては、★★★(三つ星:お好みで)(最大は五つ星)
読みやすいことは読みやすい。しかし、あまりにも単純、一本調子。どんなに困難な状況にあっても、ただただ、国家のため、従業員のために利益を捨てる。こんな経営者が厳しい時代に生存できる? 社員も劣悪な環境のもので猛烈に働くが、さしずめ今ならブラック企業だ。
良く調べてあるのには感心するのだが、ゴーストライターが書いた成功した経営者の自伝みたいで、あきる。
確かに、とてつもない人がいた時代ではあった。日田重太郎は京都の別宅を売った8千円のうち6千円を国岡鐵造の志にあげた。返済は無用という。当時、鐵造の月給は20円だった。卑小な私には及びもつかない。
2013年の本屋大賞第一位なのに、何が気に食わないかというと、余裕、ユーモアがない。単に力技で、強引さで押し切る。
とばっちりで言えば、大阪の橋下さん、みんなの党の渡辺さんなど、強引な人に期待が集まる現状が気に食わない。さらに言えば、安倍さんのお友達の百田さんがNHKのなんたら委員になったことも気に食わない。
百田尚樹(ひゃくた・なおき)
1956年大阪市生まれ。放送作家・小説家
同志社大学法学部5年目で中退。
放送作家となり、『探偵!ナイトスクープ』のチーフ構成作家。
2006年『永遠の0』で小説家としてデビュー。2012年100万部を突破。
2013年本書『海賊とよばれた男』で本屋大賞を受賞。
その他、『ボックス』『風の中のマリア』『モンスター』『リング』『影法師』『錨を上げよ』
700頁を越すこの本を百田さんは半年で書いたという。細かい事実の調査も含めて、驚異的集中力ではある。
1953(昭和28)年、国際石油メジャーと大英帝国を敵に回して戦った「日章丸」を1956年生まれの百田さんは初めて知って、驚いてこの本を書いたという。日章丸が帰国したときは、派手なニュースになり、10歳ほどの私も印象に残っている。1951年にサンフランシスコ講和条約が署名され、敗戦で打ちひしがれた気持ちが愛国へ盛り上がる時期だったと思う。そんなときの話が、今の日本にぴったり合ったのだろう。
私も読んでいないのだが、高杉良のデビュー作「虚構の城」は、大家族主義を掲げる大手石油会社(出光興産)に勤めるエンジニアが、世界初の公害防止技術の開発に成功したが、喝采の嵐のなかで、些細な事件が原因で一転、左遷され、陰湿な嫌がらせを受ける身になる。組織社会の旧弊と矛盾に直面しながらも、自らの信念を貫く男の闘いを描いているという。
「題名のない音楽会」の番組スポンサーを出光興産がおこなっているが、番組途中でCMが入らない。出光佐三の「芸術に中断は無い」という考えに基づくためだという。