幼いころの好きな曲は、母がよく歌ってくれた「お山の杉の子」でした。おぶわれた背中から私が母の声に合わせて、最後のところで、「声かけた 声かけた」と必ず歌ったと言って、母がよく笑っていました。
高校の頃は石原裕次郎でしょう。「錆びたナイフ」「夜霧よ今夜も有難う」は、今でも数少ない私の持ち歌です。といってもカラオケにはもう20年ほど行っていませんが。
学生だった頃、彼女と歩いていたとき、突然きかれました。
「冷水さんって、歌手だと誰が好き?」
想定外の質問にとまどって、とっさに
「石原裕次郎・・・かな」
と答えました。
一瞬、彼女の顔に戸惑ったような表情が浮かびました。
「君は?」と聞くと、
にこやかに、「アダモ」と言うのです。
「アダモか! やられた! 石原裕次郎はまずかったな」と思いました。なにしろ私は見栄っ張りです。
会社に勤め始めた頃、その頃の彼女にも
「どんな歌手が好き?」
と聞かれました。まだ大人になり切れず、新左翼に共感し、たびたびデモなどに参加していた私は、
「う~ん、加藤登紀子あたりかな」と答えました。「君は?」と聞くと、
ちょっと得意そうに「浅川マキ」と言うのです。
「浅川・・・?」
「知らない?」と言われてしまいました。
帰ってから調べると、浅川マキはアングラのジャズ歌手で、加藤登紀子が友人の浅川マキを「歌がうますぎて嫉妬する」と言っていたと知りました。
今回も、完敗でした。
その後、谷村新司、井上陽水、山崎ハコなどといった歌手が好きになりました。フランス帰りの友人の真似をして、まだ日本では知られていなかったジョルジュ・ムスタキに凝ったこともありました。数年して、日本でもブームになり、それじゃ意味ないと遠ざかってしまいました。
しかし、なんと言っても一番は、今でもビートルズです。激しい曲も、甘い曲もすべてがお気に入りです。CDを聞きながら、歌詞を見ながら、何回歌ったことでしょう。
ビートルズの曲の中で、特に好きな曲というと、ポールがジョン(Jo Jo)に対し「戻って来い」と呼びかけていると言われる「ゲット・バック」("Get Back")」でしょう。しかし、この曲は英語が早すぎて、私には歌えません。「ミッシェル」("Michelle")や「イエスタデイ 」 ("Yesterday")などいくつかは簡単な英語で私でも歌えますが、ちょっと甘すぎます。
自分でも歌って楽しめる曲というと、「レット・イット・ビー Let It Be」でしょう。ポール・マッカートニーの訴えるような歌声、宗教的とも言える歌詞がしみじみと身にしみます。ピアノの前奏を聴いただけで、もう別世界へ引き込まれてしまいます。
あらゆるものに怒っていた若いころも、「レット・イット・ビー」にせつない思いを募らせました。忙しく働いていた中年のころも、「あるがままに受け入れよう」という歌声に慰められました。そして、もうこれ以上なにも欲しいものはないという歳になった今も、なつかしい甘酸っぱさに満たされるのです。これこそ私のお気に入りの一曲です。
ちなみに、アナと雪の女王 の「レット・イット・ゴー ~ありのままで~」“Let It Go”は、ありのままの自分を積極的に自分で勝ち取っていくということなのでしょう。どうも私にはなじめません。