宮下奈都著『静かな雨』(文春文庫み43-3、2019年6月10日文藝春秋発行)を読んだ。
裏表紙にはこうある。
行助は美味しいたいやき屋を一人で経営するこよみと出会い、親しくなる。ある朝こよみは交通事故の巻き添えになり、三ヵ月後意識を取り戻すと新しい記憶を留めておけなくなっていた。忘れても忘れても、二人の中には何かが育ち、二つの世界は少しずつ重なりゆく。文學界新人賞佳作に選ばれた瑞々しいデビュー作。 解説・辻原登
100ページ足らずの中編小説「静かな雨」と約50ページの「日をつなぐ」の2編の短編集。
「静かな雨」
生まれつき足に麻痺があり松葉杖を使う行助(ゆきすけ)は、勤めていた会社が潰れた日、駐車場で美味しいたいやき屋を営む「こよみさん」を知る。行助は大学の研究室の助手となり、繁盛するたいやき屋に通い、こよみさんと親しく付き合うようになる。
こよみは行助の目が「秋の、夜、みたいな色。静けさが目に映ってた。引き込まれそうだった。それと、」「もう半分はあきらめの色」と言った。
彼女は昔、リスボンという名のリスのを飼っていた。好物の胡桃をあげると、少しかじってから人目につかない所に隠す。死んだ後、部屋のあちこちから胡桃が出て来て、また泣けたという。
母や姉にこよみさんを紹介した後、こよみさんは交通事故に巻き込まれ意識不明になる。行助は病院に三月と三日通いつめた。こよみさんは意識を取り戻したが、寝て起きると前日の記憶がない記憶障害になっていた。
二人は一緒に住むようになる。最初心配していた姉もこよみさんとよく話しこむようになり、「こよみさんは、ただものじゃないよ。ユキ、あんたにはもったいないわ」と言うようになった。
こよみさんはいろいろなことをメモに書いて、いろいろなところに隠すようになった。行助は、なんでもない日々の暮らしの記憶が積み重なって、毎日の生活の中での思いで人はできているんじゃないかと思い、たまらなくなった。
「日をつなぐ」
真名は、福井の海の見える小さな町で同じ中学に通っていた修ちゃんを好きになった。修ちゃんは秋田で就職し、真名は結婚して見知らぬ町に移った。出産し、修ちゃんは帰りが遅く、真名は一人で絶望的な子育てをする。食べられず身体に力が入らなって、ふと母が豆を煮てくれたことを思い出す。バイオリンを弾いたことないのに弾きたいと思うようになった。もう我慢しない。修ちゃんと一緒にごはんを食べたいと言おう決める。修ちゃんも話したいことがあるという。
初出:「静かな雨」文学界2004年6月号、単行本2016年12月文藝春秋刊。文庫化にあたり、角川文庫のアンソロジー『コイノカオリ』に2004年2月収録の「日をつなぐ」を併録。
私の評価としては、★★★★☆(四つ星:お勧め)(最大は五つ星)
今を時めく『羊と鋼の森』の宮下奈都のデビュー作だ。淡々と進む日常の話の中に、すでに独自の世界を確立していたのに驚かされる。既に7冊宮下さんの本を読んでいて、初めてデビュー作を読んだのだが、「なんだ、最初から宮下奈都じゃないか」と思った。
悲しみが身体の底の方に漂う話だが、悲壮感はなく、行助の最後の言葉でほっと息をつく。
僕の世界にこよみさんがいて、こよみさんの世界には僕が住んでいる、ふたつの世界は少し重なっている。それで、じゅうぶんだ。
「日をつなぐ」には子育てにボロボロになる母親が描かれるが、宮下さんは3人目の子どもを妊娠中に、このままでは自分の時間がなくなると思い、デビュー作を書いたという。
宮下奈都(みやした・なつ)
1967年福井県生れ。 上智大学文学部哲学科卒。
2004年、本書「静かな雨」が文學界新人賞佳作入選、デビュー。
2007年、『スコーレNo.4』がロングセラー
2009年、『遠くの声に耳を澄ませて』、『よろこびの歌』
2010年、『太陽のパスタ、豆のスープ』、『田舎の紳士服店のモデルの妻』
2011年、『 メロディ・フェア』、『 誰かが足りない』
2012年、『窓の向こうのガーシュウィン』
2013年、エッセイ『はじめからその話をすればよかった』
2014年、『たった、それだけ』
2016年、『羊と鋼の森』で2016年本屋大賞受賞
その他、『終わらない歌』、『神さまたちの遊ぶ庭』、『つぼみ』、『緑の庭で寝ころんで』、『とりあえずウミガメのスープを仕込もう』など。