弱い両国首脳の立場
世界の注目を集める米中首脳会談がいよいよ迫ってきた。ブッシュ大統領と胡錦濤主席の両首脳とも1年前はもっと強い政治基盤に立っていた。ブッシュ大統領の政策は行き詰まり、支持率は史上最悪、胡錦濤主席も経済急成長の矛盾が噴出し政策変更を強いられ厳しい状況にある。
両首脳は万全の体制で会議に臨めそうも無い。政治基盤が弱体化すると国内事情を反映した一方的な主張の交換に終わり建設的な結果を期待するのは難しい。今年になり米国は既に大統領の意向が議会に反映されない状況が続いている。今回その轍を踏む可能性は高い。
両国首脳の狙い
中国は何とか摩擦回避しようと航空機、自動車、電子機器などの購入、知的財産保護強化、製油所建設の入札方式改善、拘束記者の釈放など矢継ぎ早に懸案事項に対して手を打ったが、80年代の日米貿易摩擦のように小手先の対応という印象は免れない。尤も日本に比べ中国のほうがよっぽど市場開放が進んでいるのだが。
米国はもっと根本的な変革を要求すると見られている。首脳会談での重要課題五項目を聞かれたライス長官は「ルールを守る中国を望むというのが基本的なメッセージ」としたうえで、(1)貿易不均衡(2)中国政府の外国ソフトウエア排除問題(3)人権(4)「責任大国」としての中国の外交方針(5)米中間の信頼醸成――を挙げた。(4/5日経)
危険なシナリオ1:欧米の保護主義
米国議会は中間選挙を前にして保護主義に傾斜している。ホワイトハウスはEU と連携し中国をWTO に提訴、中国に関する懸念が著しく高まっている。極端な関税措置法案は先送りされたが、新たに極めて強硬な内容の「2006年米国貿易拡大法案(USTEA06)」が打ち出される模様である。
加えて米上院銀行委員会は米国を対象とする国際的な企業買収・合併案件の承認プロセスの大幅改定に注力している。昨年失敗に終わった中国企業によるUnocal 買収、およびドバイ港湾会社による米国6港の買収に対する安全保障上からの投資制限法案も検討されている。
グローバリゼーションの新段階
雇用不安は党派を超えて米国の政界に広まっている。グローバリゼーションが新しい段階に入り先進国雇用の大半(75%)を占めるサービス産業が海外にアウトソースされ始めたからである。IT技術革新は聖域だったホワイトカラー職を空洞化させ始めたのだ。
危機に陥っている自動車産業を政府が救済しないのは、80年代とは事情が異なりG7の製造業雇用は15%、米国だけだと10%に低下したからである。(ところで日本は製造業の比率が高い唯一の例外である。)米国が上記の保護主義法案を11 月の中間選挙までに成立させる可能性は高まっている。危険な下り坂の始まり(MS報告)だ。
危険なシナリオ2:中国の外貨準備
中国の外貨準備高がこの2年で倍増しGDPの4割の8536億ドル(2月末)に達し日本を抜き世界一の水準になった。上記の貿易取引や資本取引に対する米国の政治的制限は、貯蓄不足の米国経済を海外資金でファイナンスする流れに逆行する恐れがある。
中国は外貨準備の運用先として3割以上を米国債に向けているが、膨大な外貨の使い道として政治的な揺さぶりも含め資源購入や途上国支援などを模索しているといわれている。巨額の外貨保有高が国際金融市場への影響力を強めるのは確かで、仮に米国債を大量に売るとドルが下落しアジア経済に深刻な影響を与える。
相反する政治的解決策と経済的解決策
米国の純国民貯蓄率は第3 四半期から若干回復したものの、2005 年下期の平均値は過去最低の0.3%に低下した。国内貯蓄が不足している米国はこれまで以上に海外資本を必要としており、構造的にその資本を取り込むために大幅な経常赤字、貿易赤字が計上される。
中間選挙を睨み議会はポピュリズム的傾向を強め、弱体化したブッシュ政権はこの潮流に逆らえないと見られている。議員は保護貿易に反対しても得るものは少ない、寧ろ追い詰められた中流賃金所得者を見捨てたと受け取られるリスクがあるとみている。結果として政治的な解決策とマクロ経済の解決策が整合していないことから、米国が厳しい経常赤字調整に直面する可能性は高まっている。
米中一体経済の現実
米国の議員はグローバリゼーション経済の中で両国経済は日本を含めて緊密に一体化したサプライチェーンに組み込まれている事実の意味を良く認識すべきだ。貿易不均衡に対して27.5%報復関税を課す法案を提出した2人の上院議員は明らかに選挙民に対するアピールだった。
中国の対米輸出の殆どは米国企業が設計し・米国ブランドの商品でFOB(本船渡し)契約に基づくOEM 製品である。報復関税が導入されると、実は荷主の米国企業が支払いを強いられるのである。関税法案は見せかけだけの脅しであり急速にトーダウンしたのは当然の成り行きだった。人民元の切り上げも同じ性質の問題である。しかし今は政治の季節なのである。
中国の転換
中国にも構造的な問題がある。経済急成長で噴出した矛盾を克服し、持続性のある発展に方向転換していくのが喫緊の課題である。中国政府の隠れた最大テーマは共産党独裁政権の維持である。非民主主義国で持続的発展が可能か、若しくは徐々に民主化する過程で実現可能なことなのか、壮大な実験が続いている。
既に方向転換の効果が色々な形で現れ始めた。経済発展が地方経済に波及し始め、昨年から沿岸地帯の労働者が不足し始め給与が急上昇している。農業減税で離農が減ったことも原因だ。併せて一人っ子政策の影響で15-25歳の世代が減少し、かつ高学歴のため単純労働力の減少が急速に進んでいる。
少なくとも沿岸地帯は世界の生産工場からサプライチェーンの上流に短期間にシフトする構造転換が必須なのだ。労働力減少だけでなく、今までのエネルギーを浪費し環境を悪化させる成長は持続不可能なのは自明である。
望みはある
最悪ケースは会談の結果米国が保護貿易に傾斜していき世界経済に悪影響を与えることである。両首脳の弱い立場を考慮するとその可能性もある。最良ケースは中国が価値観を共有して国際社会で責任を果たし経済の開放を進める一方、米国は中国の構造転換を支援することである。
両首脳の政治的立場は強くはないが望みが全く無いわけではない。ブッシュ大統領は信念の人であり選挙が無い、歴史に名を残すことが第一プライオリティである。胡錦濤主席の外交スタッフは昨年後半から柔軟な姿勢をとり始め、特に米国との関係を最優先に考えているように私には感じるからだ。期待して様子を見守りたい。■